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各地を転々とする「アドレスホッパー」のくらしは、会社員も実現できる?

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各地を転々とする「アドレスホッパー」のくらしは、会社員も実現できる?

心赴くままに住む場所を変えながら働く「旅するようなくらし」に憧れるけど、やっぱり場所に縛られない職種でしかできないもの? 会社勤めをしながらそれを実現するには、どんな工夫ができそうか——多拠点居住のプラットフォーム「ADDress(アドレス)」の創業者、佐別当隆志さんと一緒に考えます。

株式会社アドレス 代表取締役社長
佐別当 隆志

2000年株式会社ガイアックスに入社。 広報・事業開発などの業務を経て、2016年に一般社団法人シェアリングエコノミー協会を設立し、事務局長に就任。 2017年、内閣官房IT総合戦略室よりシェアリングエコノミー伝道師を拝命、総務省シェアリングエコノミータスクフォース委員就任。2018年に株式会社アドレスを創業。

q&d編集部
丹後 慶也

滋賀県出身。経営学部卒。大学では会計とファイナンスや経営などを幅広く学ぶ。2021年にパナソニックに入社し、ライティング事業部に所属。最近の楽しみは社内の登山部やフットサル部の活動に参加すること。

目次

「よりどころ」を増やすために、いろんな場所に住んでみたいけど……。

私は以前から、「アドレスホッパー」と呼ばれるような、拠点を移してさまざまな土地でくらすライフスタイルに憧れていました。移住よりも軽やかに、旅をするように各地を転々としながら、自分にとってホームと思えるようなよりどころを増やしていくことで、くらしの幸せは広がるのではないかな、と考えています。

 

ただ、こうした旅をするようなくらし方は、働く場所の制約の少ない人たちにしかできないだろう、と思っていました。毎日の出社が義務付けられている一般的な会社員である自分には、残念ながら縁のないライフスタイルなのだろうなと、諦めていたところもあります。

 

しかし、コロナ禍以降から状況が変化してきました。私の職場ではリモートワークが段階的に取り入れられるようになって、必要に応じて会社と自宅を行き来できる働き方になっています。

 

社会の変化に伴って少しずつ働き方が柔軟になってきた今こそ、私でも「旅するようなくらし」を現実的に検討できるのではないか。そのくらしぶりにはどんな魅力があるのか。どんな工夫をすれば、会社員をしながらでもそれを実現できるのか——。

 

そんな問いを探究してみたいと思って、多拠点居住のプラットフォーム「ADDress」を運営する佐別当隆志さんにお話を伺いました。

『q&d』編集部が問いと対話をより深めていくq&dラヂオでは、多拠点居住のプラットフォーム「ADDress」創業者、佐別当隆志さんを訪ねたときのことを振り返りながら、会社員でも旅する様にくらしていく秘訣について、改めて考えました。

旅するようなくらしで浮かび上がる、「私」の輪郭

丹後 慶也(以下、丹後)

本日はよろしくお願いします! 佐別当さんが運営されているADDressは、全国250カ所以上(※2023年1月時点)の家にくらせるサービスですね。こちらのサービスを利用して、働きながら各地を転々とする「旅するようなくらし」を実践している方が大勢いると伺っています。

「ADDress」公式サイトより
丹後

今回の取材では、そんな「旅するようなくらし」の実践者をたくさん見ながら、ご自身も多拠点生活をされている佐別当さんに、ぜひいろいろとお話を伺いたいと思っています。

佐別当 隆志さん(以下、佐別当)

はい、丹後さん。こちらこそよろしくお願いします。

丹後

私は「旅するようなくらし」に憧れがあり、できることなら実践してみたいなと考えています。佐別当さんは、定住先を決めない多拠点生活の魅力って、どんなところに感じていらっしゃいますか?

佐別当

そうですね……一言では語り尽くせない魅力がありますが、その中でも「自分の力に気づける」というのは、とても豊かなポイントだなと思っています。

丹後

自分の力、ですか?

佐別当

たとえば、今いる職場やコミュニティでは使えるのが当たり前なアプリやツールって、いろいろありますよね。そういうものを使いこなすスキルって、地方に行って地域の方々に教えたりするとすごく喜ばれるんです。

 

それは特別なスキルに限らず、たとえばTwitterやInstagramのような、身近なSNSの使い方でもよくて。若者がよく使っている写真加工や動画制作のアプリなんかも、とてもニーズがあります。

丹後

自分では「こんなのできて当たり前」だと思っていたことが、場所が変わると重宝されるスキルになり得ると。

佐別当

そうですね、実際にそれが仕事につながるケースも少なくないです。ただ、そこでは単なる金銭よりも、もっと得がたいものをもらえているような気がしています。

 

お客さんとの距離感が近い職種でもない限り、ふだん仕事中に相手から手を取って「ありがとう!」って感謝されることなんて、なかなかないですよね。少し場所を変えただけで、そんなシーンに次々と巡り会えたりする。この「自分には力があって、それで誰かの役に立てるんだ」という生々しい実感が、何物にも代えがたい働きがいや生きがいにつながってくるなと思っているんです。

丹後

それはとても素敵なことですね。くらす土地が変わる度に、それまでは見えなかった新たな自分の力に気づけそうだなと感じました。

佐別当

あと、各地を転々とする生活をしていると、否応なしに断捨離を迫られるのですが、だからこそ持ち物に個性が出てくるんですよね。「ほかの荷物は減らせても、これだけは欠かせない」というアイテムが少しずつ洗練されていくんです。

 

他人から見たら余計だと思われるかもしれないけど、自分にとっては大事なもの……人によってはそれがコーヒー豆を焙煎する道具だったり、お米が美味しく炊けるこだわりの炊飯器だったりする。持ち物の減量を強いられることで「自分がくらしの中で何を大切に思っているか」を探究できるのは、とても豊かなことだと感じます。

丹後

それもまた、単に旅行するだけではなく、「旅するようなくらし」だからこそ、向き合える要素ですね。ますます実践したい気持ちが高まってきました!

くらしの自由を、ルールとの対話で引き寄せる

丹後

「旅するようなくらし」をやってみたいのですが、会社員の身ではなかなかハードルが高いなと感じていて。実際、ADDressを利用される皆さんは、やはり場所の縛りなく仕事のできるフリーランスの方が多いのでしょうか?

佐別当

いえ、そんなことはなくて。実はコロナ禍以降で会社勤めの方の登録が急増して、約4割が会社員です。もちろん、出張の時にだけ活用するといったケースもありますが、さまざまな場所に移り住みながら会社員を続けている会員さんは、少なくないですよ。

丹後

そうなんですね!

佐別当

さらに言えば、会社員よりも場所に縛られているイメージのある職業の方も、結構いるんです。僕が特にびっくりしたのは、お坊さんですね。

丹後

お坊さんも!?

佐別当

その人はYouTubeやZoomを駆使して、オンラインでの説法を仕事の軸にしていました。調理師や看護師の方々などは、移動する土地で短期の求人をうまく見つけて働いていらっしゃいますね。

丹後

お話を聞きながら、自分の持っているスキルをオンラインと対面、それぞれでどう生かせるかと考えてみると、ハードルが下がりそうだなと感じました。

 

会社員でも「旅するようなくらし」を実現するために必要な条件って、どんなところにあると思われますか?

佐別当

最低限、毎日の出社の義務がなく、自宅以外でのリモートワークが認められていることは必要ですね。これらの条件が整っていれば、あとは自分の工夫次第で実現できるのではないかなと。

 

一方で「会社のルールで難しいから」と諦めてしまうのも、もったいないと思います。前例がないというだけで定められているだけかもしれません。「どんな条件を満たせば自宅以外でも働いてよいのか」を上司やしかるべき部署の人たちと改めて相談・交渉してみるとよいと思います。

丹後

リモートワークの導入自体、多くの会社にとっては新しい挑戦ですもんね。だからこそ、よりよいルールづくりのためにもっと議論して変えていける余地はありますね。

佐別当

僕個人の意見を言うと、オフィス内でフリーアドレスを取り入れている企業なら、そのルールを拡張していくことで「社員がどこで働いてもいい」状態をつくっていくのは、そんなに難しくないと思っています。「社内の別のデスク」と「出先」は地続きで、守るべきルールさえ押さえれば、そこに大きな差異はないはずです。

 

こうしたルールの再検討は、誰かが声を上げないと動き出さないものです。ルールへの働きかけは少し骨が折れると思いますが、その第一声が自分以外の大勢の働きやすさ、幸せにつながっていく可能性を考えると、とても意義のあることだなと感じます。

「苦手」は補い合えばいい、心赴くままにチャレンジを

丹後

実は、会社の制度とは違う側面でもう一つ、「旅するようなくらし」の実現に向けて、ハードルに感じていることがあります。私は吃音(きつおん)があって、初対面の人とのコミュニケーションに不安があります。そんな私でも、見知らぬ土地を転々としながら、それぞれの場所でうまくなじめるものでしょうか?

佐別当

そうですね……丹後さんは、人と話すのが嫌いですか?

丹後

いえ、苦手意識はありますが嫌いじゃないです。むしろ好きな方だと思います。

佐別当

なら、大丈夫ですよ、きっと。ADDressの利用者さんの中にも「人と話すのが苦手」という方が何人もいらっしゃいます。皆さんそれぞれの土地で、それぞれに合った距離感で、多拠点生活を楽しまれていますよ。

 

現地の方々との交流は大切ですが、「絶対にみんなと仲良くならきゃいけない」なんてことはないですから。ちょっと疲れたら部屋にこもればいいし、どうしても合わないなと感じたら別の場所に移動すればいい。転々としながら、自分にとって心地よい土地を探していくこともまた「旅するようなくらし」の醍醐味です。

丹後

たしかに、おっしゃる通りですね。

佐別当

少し話が変わるのですが、ADDressの利用者さんにも脳梗塞の後遺症を抱えながら、身の回りのことはすべて自分でこなし、各地を転々とするくらしを楽しんでいる元農家さんもいます。

丹後

それだけの障害を抱えていると、自分だったら尻込みしてしまいそうです。

佐別当

そうですよね。しんどいことも多いはずなのに、どうして多拠点生活をしようと思ったのかと聞いてみると「農業が好きで、いろんな土地でやりたいんだ」と。それと「自分の意思で動かないと、健常者や若者とほとんど接点のない、狭い世界に閉じたくらしになってしまうから。それが嫌だった」ともおっしゃってました。

 

その方にとって、できないことや苦手なことは、ほかの人よりもたくさんあります。周りに助けてもらわないといけないシーンも多いそうです。けれどもその分、農業のノウハウを教えたり、家の周りの草むしりをしたりと、自分が周りにできることを進んでやっていて。だからか、どんな土地に行っても、大人気なんですよ。

丹後

とても素敵な方ですね!

佐別当

そんな利用者さんに出会う度に「〇〇が苦手だから無理そう」で何かを諦めてしまうのって、もったいないことなのだなと強く感じます。程度は違えど、みんなそれぞれ苦手はありますから。そこは周りに緩く共有して、必要に応じて補い合っていけばいい。

 

「苦手だし嫌い」ならどうしようもないですが(笑)、「苦手だけど嫌いじゃない」は、むしろチャレンジする価値の大きいことではないかなと思います。

丹後

ありがとうございます。「苦手」というだけで諦めなくていいというお言葉、とても勇気づけられました!

よりどころは、自分が一歩踏み込んでつくっていく

丹後

私は「旅するようなくらし」の実践を通して、自分にとってよりどころだと思える土地を増やしていくことが、人生の豊かさにつながっていくと感じています。

 

それにはただ場所を移動するだけではなくて、「住んだ場所をよりどころにしていくアプローチ」も必要だと思っていて。そのためには、日々のくらしの中でどんなトライをしていけるとよいでしょうか?

佐別当

例えば、行きつけのお店をつくってみる。近所の畑でよく見かけるおばあさんに「何が採れるんですか?」と話しかけてみる。そんなふうに、地域の人との関係を自分からつくりにいく姿勢は、すごく大事だと感じます。

 

よりどころって、「おかえり」と言ってくれる人がいる場所だと思うんですよね。小さな挨拶から始まって、何気ない会話を何度か重ねるうちに、知り合いになり、また友人になっていく。そうやって地域内に知人が少しずつ増えてくると、そこがだんだんとよりどころと呼べる場所になっていくのかな、と。

丹後

「おかえり」と言ってくれる人がいる場所と考えると、グッと具体的なイメージが湧きますね。いま住んでいる場所でも、それは少しずつ実践できそうだなと感じました。

佐別当

普段、私たちが見知らぬ人と接するときって「この人はお客さん」「この人は近所の人」というように線引きをしていると思います。この線を一歩超えて「〇〇さん」という個人として認識し合えることが、よりどころづくりの第一歩ですね。

 

そうやって人とつながっていくと「あそこはいい街だよ、行ってみたら?」と勧められたりして、場所との縁もつながっていくんです。僕もそうやって、大切に思えるよりどころが増えていきました。とてもありがたいことだなと感じています。

丹後

身近なところにいる人とのつながりを紡ぎ直すことで、かえって「旅するようなくらし」の糸口が見つかるかもしれないな、と思いました。佐別当さん、今日はたくさんお話を聞かせてくださり、本当にありがとうございました!

身近なエリアからよりどころを見つける。そこから旅を始めてみよう

今回の取材で一番心を揺さぶられたのは、佐別当さんの「『苦手だけど嫌いじゃない』なら、諦めなくていい。むしろチャレンジする価値は大きい」というメッセージです。

 

振り返ってみると、心の中では「やりたい」と思っているのに、「でも〇〇が苦手だから」と自分自身で知らぬ間にフタをしてしまっていることは、今までにたくさんあったように感じます。本題のテーマとは少しズレたポイントではありますが、この言葉は今後、私にとって大きな支えになってくれそうです。

 

「会社員でも旅するようなくらしが実現できるか?」という問いについては、「会社のルール自体と向き合い、働きかけてみる」という、自分にとって新たな視座をもらえました。現状のルールでどの程度「旅するようなくらし」ができそうかを確認しつつ、有効なアプローチを探ってみたいなと思います。

 

自身の特性もあって人と話すことを少しためらってしまいがちな私ですが、今回の話で得た学びを胸に、「旅するようなくらし」に向けた準備として、まずはいま住んでいるエリアや旅行先で「よりどころ」と呼べる場所をつくるところから始めていきたいです。

 

皆さんは「旅するようなくらし」を始めるとしたら、どんな場所で、どんなくらしをしてみたいですか? ぜひ、「#あしたどこでくらそう」をつけてツイートしてください。

Photo by 加藤 甫

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