QUESTION & DIALOG QUESTION & DIALOG

子どもが自分で住む場所を決めたら何が学べる?
高校から親元を離れた「しまね留学」メンバーと考える

Life Explorer

子どもが自分で住む場所を決めたら何が学べる?
高校から親元を離れた「しまね留学」メンバーと考える

子どもたちの住む場所は「家族と同居する」のが一般的で、彼らが持っている「こんな場所でくらしたい、あんなところで学びたい」という思いは叶いづらい状態にあります。もし自分の意思でくらす場所を選べたら、どんな可能性が開けるのか……そんな問いを探求するべく、「しまね留学」に参加し、親元を離れてくらす高校生たちに話を聞きました。

q&d編集部
堤 彩綾

奈良県出身。親の転勤により、幼稚園から中学生に至るまで5回の引っ越しを経験。大学卒業後に初めて親元を離れて一人ぐらしに。社内では白物家電の商品・サービス企画に携わっている。趣味はヨガ。

目次

親の転勤、ついていくしか選択肢はなかったのか……?

私は親の仕事の都合で引っ越すことが多く、幼い頃から何度も転校を経験しました。いろんな学校で、それぞれ違った学びが得られる楽しさはあるものの、やはり心の奥には「どうして親の都合でころころと学校を変えないといけないんだろう……」「自分に住む場所を選ぶ自由はないのだろうか?」という思いもありました。

 

子ども——この記事では主に中高生を指すものとして捉えたいと思います——の住む場所と言えば「基本的には親と同居」という感覚が一般的ではないでしょうか。経済的な側面などさまざまな事情を鑑みれば、それは当然なのかもしれません。ただ、私はこの企画で、そうした“当たり前”を疑ってみたいなと感じました。

 

親の都合や勧めに合わせるばかりではなく、子どもが自分自身の意思で学ぶ場所を、それに合わせて住む場所も選べる——そんな選択肢がもっと世の中に広がったら、彼らのくらしはもっと豊かなものになるのではないでしょうか? 過去の私が救われるような未来の可能性を探るために、実際に親元を離れてくらす子どもたちや、彼らを見守る大人たちの話を聞いてみたいと思ったのです。

 

そこで私は、「しまね留学」という取り組みに参加し、寮生活を送りながら学校に通う高校生3人と、彼らを見守る先生や県の職員の方々への取材を試みました。彼らとの対話を通して、「子どもがくらす場所を自分で選ぶことによって得られるもの」や「子どもたちの学びとくらしの柔軟性を守るために、大人である私たちができること」について、読者の皆さんと一緒に考えを深めていきたいです。

不安よりも期待。子どもたちの決意の胸の内

今回の取材で訪れたのは、たくさんの「しまね留学」の生徒を受け入れている島根県立島根中央高等学校。その数はなんと70名以上にのぼり、200名ほどの全校生徒の約35%を占めています。

留学生と言っても、外国の方は少なく、その多くは国内から来ています。「しまね留学」とは、県外に住む中学生を対象とした、島根県独自の“越境留学”制度です。留学生たちの多くは、入学から3年間、学校に併設されている公立の寮で共同生活をしながら学び舎に通います。

 

そんな「しまね留学」を通じてこの地にやってきた、同校2年生の波多萌々子(はた ももこ)さん、吉田優海(よしだ ゆうな)さん、古家後敦士(こやご あつし)さんにお話を聞きました。それまでずっと一緒に住んでいた家族や、慣れ親しんだ地元を離れる決断の背景には、どんな思い、どんな願いがあったのでしょうか。

左から波多さん、吉田さん、古家後さん。取材中はマスクを着用し、撮影時のみ一時的にマスクを外してもらっています

東京からこの地にやってきた波多さんは、「とにかく家を出てみたかった」と語ります。そこには、他人から見たら些細かもしれないけれども、彼女にとっての切実な理由がありました。

波多 萌々子さん(以下、波多)

私には双子の妹がいるのですが……正直に言うと、彼女とちょっと距離を置きたいと思ったのが最初のきっかけです。家ではずっと一緒にいるし、学校も同じだし、習いごとのバレーボールも一緒だったんですよね。

 

周りからは「仲良しだね」なんて言われることもあったけど、私はモヤモヤしていたんです。中学校に入る前後から、妹との仲もちょっと悪くなってきて。このままじゃよくない、ぜんぜん違う環境で違うことをしてみたい——そんな思いがありました。

札幌出身の吉田さんは、中学までは熊本の学校に通っていました。私と同じく親が転勤族で、過去に転校の経験もあったそうです。

吉田 優海さん(以下、吉田)

私は中学生の頃から「親元から離れてみたい、早いうちから自立した生活をしてみたい」という気持ちがけっこう強くて。ただ、いきなり一人ぐらしは難しそうだな、とは感じていました。

 

そのことを親に話したら、いろいろと調べて「しまね留学」を見つけてくれたんです。それまで寮って「強豪校で部活に打ち込む子たちが入るもの」みたいな印象があったんですけど、そうじゃなくても入れるところもあるんだと初めて知って、興味を持ちました。

兵庫出身の古家後さんは、なんと中学からすでに親元を離れ、北海道で寮生活を経験していたとのこと。そこからはるばる島根の高校に移った決め手は、学校の規模感でした。

古家後 敦士さん(以下、古家後)

人がたくさんいる環境があまり得意じゃないので、できるだけ少人数で学べる寮付きの高校がいいなと考えていました。そしたら親が「しまね留学」の取り組みを見つけて勧めてきてくれたんです。地元の人数の多い学校よりもよさそうだなとも思って、この高校を選びました。

住んでいた場所も家庭環境も異なる3人ですが、「慣れ親しんだ環境を離れる不安よりも、新しい環境に飛び込むことへの期待感や希望のほうが大きかった」という部分は共通していることが、その話ぶりからよく伝わってきました。

 

また、3人の親御さんたちが「家族と離れてくらすこと」に反対することなく、むしろ学校探しに協力的だったことも印象的でした。きっと「100%手放しに賛成!」というわけではなく、胸の内には複雑な思いもあったかもしれませんが、子どもたちの勇気ある挑戦を否定することなく、受け入れて支えたからこそ、今こうして3人はいきいきとくらしを楽しめているのだろうな、と感じました。

「頼りっぱなしだった」と気づいて、ちゃんと他者と頼り頼られるように

環境を変えたい、挑戦したい、こういう学校生活を送ってみたい——そんな決意から始まった3人の寮ぐらし。親元を離れたことで、彼ら自身はどんなことを学べて、どんな成長があったと感じているのでしょうか。

波多

なんだろう……家族以外の人と一緒にくらすことで、以前よりも他人に気が遣えるようになった気がします。今までどれだけ気にしてなかったんだ、とも思いますけど。

 

あと、生活力はついたと思います。当たり前なんですけど、寮だと自力で起きなきゃいけないし(笑)、ほかのことも基本、ぜんぶ自分でやらなきゃだから。この前、実家に帰った時に「変わったね」と言われて、それはちょっとうれしかったですね。

吉田

私もいま思い返すと、実家にいる頃は何をするにも親に頼りっぱなしだったなって。親に頼る以外、ほかにどうすればいいか、選択肢を知らなかったんだなとも思います。

 

そういう環境を離れたことで、自分で、あるいは自分たちでなんとかしなきゃいけない、ってことが増えて。実際やってみたら、なんとかなったりして。「自力でなんとかできる、なんとかしていいんだ」って思えるようになったのは、成長かなって感じます。

古家後

ここでのくらしは、他人とつながらないわけにはいかなくて。寮生活でのルームメイトとの関わりはもちろん、地域の方々にも登下校中とかによく声をかけられるし、いい意味で放っておいてくれないというか(笑)。

 

いろんなつながりの中で、人と関わり合うこと、教え合うこと、巻き込まれたり巻き込んだりすることの楽しさを、あらためて実感しています。だからか、島根に来てから自分からよく他人に働きかけたり、新しいことを企画したりする機会が増えました。

自分の直近の変化や成長について振り返りながら語るのは、大人でもなかなかに難しいことだと思います。そんな質問をしても、実体験をもとに丁寧にわかりやすく話してくれた3人の「伝える力」もまた、自分の意思で学ぶ、くらす環境を選んだからこそ培われたスキルなのだろうなと感じました。

 

そう伝えると「他人と一緒にくらすって、きれいごとだけじゃ済まないから……」「思ってることはちゃんと伝えないと、結局あとで面倒になるよね……」「ホントそれな……」と、一同顔を見合わせて苦笑い。そんな話をする彼らは大人びて感じられて、ちょっとドキッとしました。

島根中央高校に通う生徒たちのための寮のひとつ、川本町長期滞在施設「C Pieces+(シーピース)」。交流 “Communicate”・会話 “Conversation”・ 共同 “Cooperation” ・挑戦“Challenge” ・変化 “Change” ・機会 “Chance” といったさまざまなCをパズルのようにつなぎ合わせる(+)ことで、ここでの生徒たちの学びがより豊かになるように、との願いが込められています。
寮内の個室の様子。1つの居室内に4つの個室があり、同室している4人が班となって、協力しながら共同生活を送っています。
居室内には浴室・洗面所・脱衣所・給湯スペースがあり、4人一緒に使用できる大きさのテーブルも設置されていました。
居室の机に置かれていたメモ。
広々とした食堂。
食堂に置いてあった、古新聞やチラシを利用したごみ袋。寮生たちが空き時間で作っているそう。くらしの知恵を感じました。
寮生の会議などで使われる交流談話室。空いているときはレクリエーション目的でも自由に使えるとのこと。
集中して勉強したいときに利用できる学習室。

「ありがとう」の循環が、その土地を特別にする

教室から場所を移動して、次は「しまね留学」を支える大人にも話を聞いてみることに。取材に応じてくれたのは、島根県立島根中央高等学校主幹教諭の板垣悟史さんと、島根県教育庁教育指導課地域教育推進室主任の青木和也さんです。

(中央が板垣さん、右が青木さん)

先に話を聞いた3人をはじめとする「しまね留学」の生徒たちは、客観的にはどんな成長を遂げているのでしょうか。彼らの保護者と関わる機会の多い板垣さんは、「保護者さんからよく言われることがある」と話してくれました。

板垣 悟史さん(以下、板垣)

「子どもがことあるごとに『ありがとう』と言うようになった」とおっしゃる方が多いんですよ。今まで当然のように享受していた他人のやさしさや気遣いが、外に飛び出してみて、決して当たり前ではなかったのだと知り、感謝の気持ちを持てるようになるのでしょう。

 

「ありがとう」って、自立したくらしのキーワードだと思います。何かしてもらったことに気づき心が動いて、「自分も相手に何かしてあげたい、お返しをしたい」と考える。そういった「社会性から生まれる思いやり」の循環が、他人を受け入れざるを得ないこの世界で、よりよく生きるための大切な糧になっていきますから。

県職員の立場で「しまね留学」の取り組みを推進している青木さんも、板垣さんの言葉にうなずきつつ、「くらしの中で培われる人間関係が、将来的に子どもたちにとっての財産になるはず」と言います。

青木 和也さん(以下、青木)

2009年から取り組んでいる「しまね留学」も、今では地域のくらしにしっかりと溶け込んでいて、住民の皆さんも留学生との触れ合いを楽しみにしている方が多いですね。私自身、生まれ育った奈良からIターンする形で島根にやってきましたが、どの町にも、他の地域から来た人を包み込んでくれるような安心感があります。

 

高校3年間というかけがえのない時をここで過ごすことで、島根を第二の故郷のように感じてくれるようになったらうれしいです。自分にとっての大切なよりどころ、いつでも帰れる場所はたくさんあっていい。あったほうが、これからいろんなことに臆せず挑戦していけるはずです。

自主性、社会性、そして思いやり。ほかにもいろいろあると思いますが、特にこの3点が「子どもが自らくらす場所を選ぶこと」で育まれる大きな力なのかもしれない——ここまでのインタビューを通して、そんなふうに感じました。波多さんたちがどんな素敵な大人になっていくのか、とてもワクワクします。

旅の見守りは後ろから、進む背中を押していこう

ただ、子どもがどんなに親元を離れて学ぶことを望んだとしても、それは周囲の大人たちの理解や協力がなければ実現しがたいものです。特に親の立場からすれば、それが子どもに素敵な成長をもたらすとわかっていても「本当に大丈夫なのか、やっていけるのか……」と不安に感じるのは当然だと思います。

 

子どものくらしと学びの柔軟性を、もっと社会全体で守っていくために、私たち大人側はどんな心構えで子どもと向き合っていけばいいものか——そんな問いを口にすると、青木さんと板垣さんは、思いの丈を力強く語ってくれました。

青木

大人側はついつい「何を与えよう、何を学ばせたらいい?」と考えてしまいがちなのですが、これからは「見守る」というスタンスが、今まで以上に重要になってくるのかな、と思っています。

 

これから世の中がどう変わっていくか、その中でどんな考え方が正しいのかなんてことは、誰にもわからない。しかも、さまざまな技術の発達スピードの加速に伴って、大人の経験がそのまま生きるケースが、以前よりも減ってきているはず。むしろ、子どもたちのほうが社会の変化を敏感に感じとっていて、より適切な判断ができるかもしれません。

 

だからこそ、のびのびと未来に向かって歩む子どもたちの邪魔にだけはならないように気をつけたいですね。子どもたちに後ろをついてこさせるのではなく、彼らが先に歩いていくのを見守りつつ、転んだら必要に応じてフォローをしていく。そんな見守りの意識こそ、私たち大人には必要なのでしょう。

板垣

学校側としては、こうした「実家を出て学べる」という選択肢があることの周知に尽力せねばな、と思っています。たとえば、運動部で強豪校に行くために寮生活をすることは、かなり市民権を得ていますよね。それが「部活じゃなくても当たり前だよね」となるには、もっとこうした取り組みの認知が広がっていくことも大切です。

 

ぜひ、周りに進学先や今の学校環境について悩んでいる子がいたら、こういう取り組みがあることを伝えてくれたらうれしいです。「地方にはこんな選択肢があるよ」「親元を離れるからこそ培える力があるよ」という情報が身近にあることが、結果的にその道を選ばなくても、子どもたちの健やかな成長につながっていくはずですから。

実家以外のよりどころが、きっと子どもたちの心の支えになる

取材の最後、高校生たちに「大人になったら島根はどんな場所になっていると思いますか?」と聞いてみたら、少し悩みながらも「成長したと感じる節目の場所、気軽に遊びに来られる場所、会いたい人たちがいる場所」と笑顔で答えてくれました。実家があるところのほかにも、そんなふうに思える地域があることは、これからの彼らの人生の中で心強いよりどころになるだろうな、と感じました。

 

子どもの成長にとって「家族と一緒に住んで、身近で見守られながら過ごすこと」は、とても大切なことだと思います。けれども、いつでもそれが唯一の最適解ではなくて、離れて寮生活を送りながら学ぶことでこそ得られる学びもたしかにあるのだと、取材を通して納得しました。

 

そして、特に印象に残ったのは「子どもたちが転ばないように道を整備するのではなく、転んでもいいように見守ることが大事」というメッセージです。こうした心持ちを親だけではなく、周囲にいる大人たちみんなで意識できたら「子どもが自ら学び、くらす場所を選ぶこと」が、もっと当たり前になる世界に近づきそうです。そうなったらいいな、と思います。

 

私自身もいつか親になったら、子どもたちに「転んでも大丈夫だよ」と声をかけつつ、たくさんの選択肢を用意してあげたい。そんな大人になるために、今からどんなことができるのか、これからも探求を続けていきたいです。

 

もし皆さんの中学・高校時代に、親元を離れて学ぶ選択肢が身近にあったら、どんなところでくらし、学びたいと考えたでしょうか? ぜひ、「#あしたどこでくらそう」をつけてツイートしてください。

Photo by 平木 絢子

  • 記事へのコメント

    Leave a Reply

コメントの投稿が完了しました。

記事へのコメントは必ずしも
表示されるものではありません。
ご了承ください。

閉じる

Life Explorer あしたどこでくらそう

  1. 「#どこでも住めるとしたら」noteコンテスト優秀作品をご紹介!

    松島 茜
  2. 直接会うって、そんなに必要?
    ロボット工学者・石黒浩さんと考える、距離と人と技術の関係性

    永田 真一
  3. おせっかいな「コモンズ」が孤独をケアする。
    街中に安心できる居場所を見つけるには?

    吉川 和子
  4. 住みたい街ランキングでは分からない、
    自分の感性に合う「住みよい街」を探し出すには?

    小山 卓郎
  5. 各地を転々とする「アドレスホッパー」のくらしは、会社員も実現できる?

    丹後 慶也
  6. 「あしたどこでくらそう」特集に寄せて

    湊 麻理子

questions questions

他の問い