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直接会うって、そんなに必要?
ロボット工学者・石黒浩さんと考える、距離と人と技術の関係性

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直接会うって、そんなに必要?
ロボット工学者・石黒浩さんと考える、距離と人と技術の関係性

大切な人たちと物理的に離れて住まざるを得ないとき、私たちはどのようなコミュニケーションを取れれば、よいつながりを維持できるのでしょうか? その関係のケアに、進歩し続ける技術をどのように生かしていけるのか……ロボット工学者の石黒浩さんと一緒に考えました。

ロボット工学者
石黒 浩

大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻特別教授。ATR石黒浩特別研究所客員所長。人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究の第一人者であり、遠隔操作ロボットや知能ロボット、アバターの研究開発に従事している。著書に『アンドロイドは人間になれるか』(文藝春秋、2015年)『僕がロボットをつくる理由――未来の生き方を日常からデザインする』(世界思想社、2018年)、『ロボット学者が語る「いのち」と「こころ」』(緑書房、2022年)など。

q&d編集部
永田 真一

神奈川県出身。東京工業大学集積システムコースを卒業後、パナソニックに入社。さまざまな通信機器やノートパソコンのハードウェア開発に携わっている。2020年からはDEI(Diversity、Equity、Inclusion)を社内に浸透させる業務にも従事。3回の転勤を経て、家族と離れて単身赴任中。趣味はマラソンと歌。

目次

大切な人と離れてくらすとき、その距離を技術で埋められるのか?

私は2017年から6年間ほど家族と離れてくらしているのですが、遠距離での関係維持の難しさに常々頭を悩ませていました。

 

国内に複数の勤務地があるような大企業の従業員だと、転勤は往々にして起こり得ます。あるいは会社員でなくても、夢を追うために仕方なく大切な誰かと離れ、違う土地でくらしている人々は、少なからずいると思います。

 

今はスマホを用いてチャットやテレビ通話も手軽にできるようになり、離れた場所にいる相手とのコミュニケーションは、昔よりも取りやすくなりました。ただ、私は「直接顔を合わせて話すこと、同じ場所にいて同じ時間を過ごすこと」でしか培えない絆のようなものが、きっとあるのではないかなと感じています。

 

これからもっとコミュニケーション周りの技術が進歩していったら、遠くにいる相手とも同じ場所にいるような質感でコミュニケーションが取れるようになるのでしょうか? それとも、どんなに技術が発達しても、やはり直接会うことでしか築けない関係はあるのでしょうか?

 

こうした問いと向き合うために、今回はロボット工学者の石黒浩さんにお話を伺いました。「人間とは何か」との問題意識をもって長年アンドロイドやアバターの研究をしてきた石黒さんは「人間の本質とはコミュニケーションにこそある」と指摘しています。

 

今後の技術の進歩によって、私たちのコミュニケーションの在り方は、どのように変わっていくのか。その変化をどう受け止めていければ、物理的に距離の離れた大切な人との関係の維持に生かせるのか……石黒さんと一緒に考えました。

“生身”って、そんなに大事なものですか?

石黒 浩さん(以下、石黒)

そもそも、“生身”って何なんでしょうか? 自分の生身のからだで、直接会わないと伝わらないことって、あるんでしょうか?

今回の取材の趣旨を説明すると、石黒さんは早速、こんな質問を投げかけてきました。私は「直接会うからこその価値」がぼんやりとあるとは思いつつも、それをうまく言語化できていませんでした。

答えに窮していると、石黒さんはこう言葉を続けました。

石黒

私は“生身”という概念や、「直接会わないと……」といった考えを、あまり信用していないんです(笑)。そもそも人間がちゃんと観察して認識している情報量は、実世界の1割にも満たないんですよ。残りの9割は、「想像」で補っているんです。

 

いま私の目の前に永田さんという人間がいますが、「目の前にいる何かが人間である」と信じられているのは、「こういう要素があるから確実に人間だ」と判断しているわけではなく、9割の想像のおかげです。

 

そう考えると、1割しか影響しない“生身”にこだわる必要はないんです。むしろ、相手の存在や関係をよりポジティブに想起させるようなメディア、デバイスを駆使して、残り9割の想像をいい形で刺激したほうが、よいコミュニケーションが取れると思いませんか?

言われてみると、たしかにそうかも……取材の開始早々から、私の中にあった固定観念が大きく揺るがされ始めました。

「直接会う」は魔法じゃない、目的に合った手段を

お話を聞きながら、ふと、最近ではコロナ禍の行動制限の緩和を受け、多くの企業がテレワークの頻度を減らして「出社回帰」しているというニュースを思い出しました。

 

こうした動きもまた、“生身”の幻想にとらわれているだけなのか……そんな疑問を投げかけてみると「直接会うことにまったく意味がない、とは思っていませんよ」と石黒さんは言いました。

石黒

たとえば、仕事で大きな勝負をするため、短期間で新しく集まったメンバー間のつながりを強くしようとするときには、「直接会うこと」はポジティブな効果をもたらすケースが多いでしょう。

 

私も2021年に「アバターで人類の可能性を広げ、実世界を多重化する」というビジョンの下でAVITA株式会社を立ち上げましたが、コロナ禍でもほぼ出社を求めていました。「私たちは運命共同体である」といった連帯感は、同じ場所にいる時間の長いほうが醸成しやすいと思います。

連帯感か、やはり直接会うことのメリットはきっとあるよな、なるほど……と思っていると、次の石黒さんの言葉にまたハッとさせられました。

石黒

ただ、結局は「人による」というのが大前提です。直接会うことのメリットより、デメリットを感じやすい人は少なくないです。だからこそ、私は「直接会って話すのが絶対的によいシーン」は、基本的にあり得ないと考えます。

 

「直接会う」のは「電話する」「メールする」と同じく、コミュニケーションの一手段です。置かれている状況やその場の目的、集まる人たちの価値観を加味しながら、どのようなつながりをつくっていきたいのかを考え、適切な手段なり技術なりを用いることが大切ですね。

私が直接会うことにこだわっていたのは、ともすれば「それさえすれば、いい関係を保てる」といった願望があったのかもしれません。

 

そんなふうにひとつの手段を目的化して、もっと大切な「離れたときこそ、関係を維持するためにどんなやり取りが必要で、どんな手段が有効そうか」ということを、考えきれていなかったのかもしれないな……と気付きました。

生身の人間相手には、実は本音を話しにくい?

これからの新たなコミュニケーション手段として、石黒さんがいま注目しているのが、アバターです。石黒さんが代表を務めるAVITAでは、アバターを活用した接客体験のDX推進サービス「AVACOM」の開発や、アバターワーカーの派遣事業などに注力しています。

AVITA株式会社は、ユーザーの分身である「アバター」のビジネス活用のサポートを通して、さまざまな業界における店舗や受付などの無人化・省人化、人材不足の解消にアプローチしている。

そして、研究やサービス実装を通して、石黒さんはアバターに興味深い特徴があることに気づいたそうです。

石黒

実は「対話サービス」でこそ、アバターは真価を発揮します。すでに就活のキャリア相談や保険の契約面談などでアバター接客を採用している実例があるのですが、一部で対人間より好成績を残していたりするんですよ。

 

また、認知症の高齢者や自閉症の子どもたちも、人間よりもアバターを相手にするほうが発話量が増え、自分のことも積極的にしゃべるようになる……といったことも、実験より明らかになってきています。

その理由について、続けて解説してくれました。

石黒

人は目の前に誰かがいると、その人の表情や所作、声の抑揚などからいろんな感情を受け取ってしまって、緊張したり身構えたりしてしまいがちです。しかし、アバターはそうしたプレッシャーを相手に与えません。

 

だからこそ、特に自分のセンシティブな内面や、プライバシーに関わることを打ち明ける場では、生身の人間よりも非人間的なアバターのほうが抵抗なく本音を話しやすい傾向にあるようです。

アバターを介したほうが本音を話しやすい――そんな特徴があるならば、これから日常的なくらしの中でも、コミュニケーションのひとつの手段として「アバターでの会話」も活用できるとよさそうだな、と感じました。

「理想的なつながり」を言葉にし合って、手段を一緒に探していこう

さまざまな手段があったのにもかかわらず、自分が直接会うことに執着してしまっていたのには、「家族がテレビ通話などの新しい連絡手段の取り入れを面倒に思うかも」といった懸念がありました。

 

これからきっと、より便利なコミュニケーションツールなども出てくると思います。ただ、相手に「新しい技術やツールに対しての抵抗感」があると、それらはなかなかうまく機能しないと感じています。

 

そうした時、相手にどんな働きかけをすればいいか……と石黒さんに尋ねてみると、「そこに一番苦労している、答えがあるなら私も知りたいです」と苦笑いをしながら、次のように話してくれました。

石黒

どんなに合理的な理由があっても、感情的な部分の納得ができないと、新しい技術の受け入れはなかなか進まないものです。そこはもう、自分なりに言葉を尽くして相手と向き合うしかないですね。

感情的な部分の納得――それを得るために、十分なコミュニケーションを取れていただろうか。相手に少し抵抗感を示されただけで、私はすぐに引き下がってしまっていた気がします。

 

お互いの価値観を提示し合いながら、関係維持のためにどんなツールが使えそうなのか……そんな話をじっくりしてみるところから始めてみると、モヤモヤのあった現状をいい方向に変えていけそうです。

石黒

私は、人間はこれから新たなテクノロジーをどんどん取り入れて、“生身”を手放していくだろうと考えています。

 

人が場所や実存から解放されていけば、物理的な制限や身体的な障害をも超えて、各々がより自由に望む道を歩めるようになる。その先に、きっと多様性に富んだよりよい未来が切り開かれていくはずです。

今回の取材を通して、「“生身”へのこだわりを手放すことで、私は働き方やくらし方をもっとポジティブに変えていけるかもしれない」と勇気をもらえました。むしろ「物理的に離れること」が、これまでの相手との関係を見直し、メンテナンスをするチャンスだと捉えられそうだ、とも感じています。

 

離れることを理由に綿密なコミュニケーションを諦めてしまうのではなく、それでも大切な人たちと「どうしたらお互いが心地よい関係でいられるのか」という対話を怠らないようにしようと、気持ちを新たにしました。自分たちにとっての「理想的なつながり」をよりよい形で実現できそうな手段を、これからもくらしの中で模索し続けていきたいです。

 

皆さんは、大切な人と離れてくらすことになったとしたら、どんな手段やツールを利用して、どのようなコミュニケーションを取ると「理想的なつながり」を維持できると思いますか? ぜひ、「#あしたどこでくらそう」をつけてツイートしてみてください。

Photo by 加藤 甫

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