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仕事と子育ての両立、課題は「家庭」?
家事育児という過重労働はどう解消できるか

Work Life Integration

仕事と子育ての両立、課題は「家庭」?
家事育児という過重労働はどう解消できるか

将来はこんな働き方をしてみたい——という理想のワークライフインテグレーションを思い描くとき、「くらし」の負担に対する不安が頭をよぎることはありませんか? ときに仕事以上に過重労働が起こりやすい「くらし」。その負荷を一人で抱え込まず、柔軟なくらしを実現するにはどうしたらよいのでしょうか。「両立をつくりなおす」というスローガンを掲げ、在宅での訪問型病児保育事業を展開する高亜希さんと一緒に考えました。

社会起業家
高 亜希

子育てと仕事の両立をサポートする認定NPO法人ノーベル代表理事。大阪府出身。関西学院大学卒業後、JTBとリクルートでの営業職を経て、NPO法人フローレンスに入職。病児保育のノウハウを学び、帰阪後の2009年にノーベルを設立。翌年2月より、関西初となる共済型・訪問型病児保育サービスを開始。2017年に長男、2020年に次男を出産。現在2児のおかん。

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q&d編集部
湊 麻理子

兵庫県出身。一橋大学卒業後、パナソニックに入社。UK駐在、4泊5日で4カ国を回ってテレビを売り込むなどといった海外営業職を経て、2017年から未来創造研究所所属。デジタル、デザイン、コミュニケーションの交点をうろうろしてコミュニケーションの未来をつくることが仕事。疲れてくると息子を吸いがち。趣味は観劇。

目次

『q&d』編集部が問いと対話をより深めていくq&dラヂオでは、訪問型病児保育サービスを展開する高亜希さんと対話したときのことを振り返りながら、くらしに纏わる負荷を一人で抱え込まない、ワークライフインテグレーションをライフ側から改めて考えました。

「くらし」にどっぷり浸かって見えてきた、家庭内労働の奥深さ

仕事中心の生活をしていた私にとって、「子どもを育てるために自分の挑戦のペースをスローダウンさせられる」ことに、正直ネガティブな印象がありました。いつかは子どもを持つのだろうとぼんやり考えていても、そこに広がる「くらし」に、あまり興味を持てなかったのです。     

 

そんな自分が実際に子どもを産んで想定外だったのは、「目の中に入れても痛くないほど可愛い」という子どもへの想いと、「家事・育児といったくらしの負荷が高くてつらい」という気持ちが両立するということ。そして、ただ仕事の裏番組としか捉えていなかった「くらし」は、深い課題と新しい可能性がゴロゴロある主戦場だったということです。

子供を産んでからハマった素晴らしい育児漫画の数々。今回素敵なご縁を得て、ファンだった漫画家の倉田けいさんに私の想いを漫画にしていただきました。

24時間「くらし」に向き合って見えてきた「無償・無制限・無ジョブディスクリプション(業務内容の明文化が一切されていない)」という仕事以上に厳しい条件。しかも、アウトソースするためのコミュニケーションコストが高く、「無理をしてでも自分がなんとかする」以外の手段が取りにくいのです。

 

家庭内の過重労働は子育て世代だけの問題ではありません。メタ・プラットフォームズ社(旧フェイスブック社)でCOOを務めるシェリル・サンドバーグ氏は、自著で次のように指摘しています。

「女性の多くは、仕事を辞めるという一大決心はしなくとも、家庭をもったときに備えて微調整をするとか、ささやかな犠牲を払うといった、小さな決断を何度も積み重ねていく。(中略)しかも大方の女性は若い頃から出産と育児のことを思い描くので、心の中の助走期間は数年に及ぶだろう」
――シェリル・サンドバーグ著『LEAN IN 女性、仕事、リーダーへの意欲』(日本経済新聞出版)より引用

若い世代が男女問わず子育てにコミットする意向を強めている現状を踏まえると、上記の問題を放置することは、彼らの選択肢の幅を狭めることにもつながるでしょう。

 

ではどうすれば、家庭内の労働量を適切なボリュームにおさめつつ、心地よいくらしをデザインできるのでしょうか。私は、しょっちゅう熱を出すわが子の看病に疲れ、もうろうとしながら契約した、ノーベルの「訪問型病児保育サービス」の中にそのヒントを見つけました。

 

サービスマニュアルの中で用意するよう指示されていた「病児保育セット」。何度かサービスを利用するうち、これが「子どもの看病」という家庭内労働の言語化・標準化であり、家庭の内と外のサービスとをつなぐ役割を果たしていると気づいたのです。

     

この経験から、私の中に「家庭の内と外とをつないで、第三者の方がサポートに入りやすい“くらし”に変えていくことが必要ではないか。それができれば、くらしの負担を下げられるのでは?」という仮説が生まれました。

 

今回は、気づきのきっかけになった訪問型病児保育サービスを提供する認定NPO法人ノーベルの代表、高亜希さんにお話しを伺い、この問いについて一緒に考えていただきました。

家事育児は主担当者が一人でやるもの――社会にしみついた前提をどう変えられるか

湊 麻理子(以下、湊)

本日はよろしくお願いします。高さんが代表を務めるノーベルは、「仕事と子育ての両立をつくりなおす」というビジョンを掲げられていますよね。そこに非常に共感しています。

高 亜希さん(以下、高)

ありがとうございます。そう言っていただけて、うれしいです。

サービスの利用者に配られる資料には、「子どもを産んでもフツーに両立できる社会。」というノーベルのビジョンが示されている。

現状、家事・育児の負担の大半は、家庭の中の主担当者――多くの場合は母親が一人で担っていることが多いですよね。負担が集中しやすい状況はなぜ生まれると思われますか。

一番大きいのは、長いことしみついてきた家父長的家制度に基づく価値観ではないかと思います。「家族の一人が家庭の外で働き、家庭内のケアは主婦が担うもの」という前提で多くの政策や制度が作られ、それによって多くの人に刷り込まれたという状態なのではないでしょうか。

 

こうした価値観を変えるためには、「子どもは社会全体で育てるもの」という価値観をあらたに社会に定着させていく必要があると思います。

家族だけで子育てを担うことのしんどさを感じているので、とても共感します。一方で「社会全体で育てる」ということが具体的にイメージしにくいのですが、どんなものを想定されていますか?

社会のすべてを巻き込んでいくことを想定しています。つまり、政治や行政、そして企業も子育てに参加する。地域の住民も、もちろん当事者である両親もです。ノーベルではそれを「子育ての社会化」と呼んでいます。

 

子育てを社会化するためには、第三者が子育てに携われる仕組みが必要です。ノーベルとしては、家庭の外から子育てをサポートできる人材の育成や、子育てに奮闘する両親にサポート体制を提供できるような仕組みをつくろうとしているところなんですよ。

 

第三者が家庭の中に入ってくる場合、子どもの命や健康にどう責任をとるかが課題になります。その点は、長らく病児保育の事業をやってきた私たちのナレッジを生かして解決できると考えています。

保育に携わる高さん(写真左)は、コロナ禍の中で感染症対策に細心の注意を払っているとのこと。取材もオンラインで実施しました。

「社会で子育て」というスローガンを掲げるだけでなく、実際の事業や活動が広がると、価値観を本当に変えていけそうな気がします。その先にあるのは、どんな社会だとお考えですか?

頼り合える社会をつくりたいです。これも「頼り合いましょう」と声かけするだけでは難しいので、まず、頼り合いのルールや仕組みを提供してあげる必要があるのではないかと思います。仕組みを提供することで、利用する人がたくさん集まってきて助け合えるのが理想の形ではないかと。

確かに今の時代は、まずフレームワークがあったほうが人が集まってきそうですね。

当事者である母親自身って、もう十分に頑張っていると思うんです。頼り合える社会をつくることで、当事者ばかりが必死で頑張らないといけない状況を変えていきたいと思っています。

言語化・標準化を通じて「くらし」を外から助けやすくするために

子育てに限らず、家庭内の負担をアウトソースしようとすると、「くらし」が非常に閉じていることが課題になるのではないかと感じています。

 

一人の人間が家事・育児を一手に引き受けているため、「くらし」は家庭ごとに千差万別で、ぴっちり閉じている。結果として第三者が助けづらいと思うんですね。   

家庭の状況が千差万別だからこそ難しい、というのはその通りですね。例えば、病児保育サービスの中で、昼食を温めて子どもに食べさせるという行為が発生しますが、電子レンジひとつとっても操作方法がバラバラで大変です。

くらしは「千差万別」で「ぴっちり閉じている」もの。これが第三者が外からサポートしづらい要因?

確かに、今の家電は家族だけで使うことが想定されているので、第三者がサポートするときの使いやすさ、というのは新しい視点ですね。家電も含めて、くらしを取り巻くものすべてが、「第三者と頼り合いながらくらしを運営する」という前提に立って変わっていく必要があるのかもしれません。

ノーベルは共働き家庭のニーズに応えるため、在宅での訪問型病児保育サービスを提供。各家庭でのサービス提供は、施設に子どもを集める形態の保育以上に難易度が高い。

そのためにも、家事や育児の「言語化」や「標準化」が必要なのではないかと感じています。実はそのことに気づかせてくれたのが、ノーベルの「病児保育セット」なんです。

どんな環境のご家庭でも、安全にお子さんを看病できるように、サービスを利用するユーザーさんには「病児保育セット」をご用意いただいています。内容は、お子さんが嘔吐したときに適切に対処するためのゴム手袋や消毒液、災害の場合に逃げるためのカバンなど、こまごまとしたものです。

最初は面倒だなと思ってしまったのですが、「子どもの看病」というタスクが言語化され、必要なものが標準化されている。「家庭の内と外で一緒にスタンダードを作って活用すると、お互い楽に助けてもらえるんだ!」と、その気づきは非常に大きかったです。

 

このような「くらしのスタンダード」をもっと作りたいと考えているのですが、高さんはどう思われますか?

実は私たちも、同じような考えでプロジェクトを始めているんですよ。私たちはそうしたスタンダードを整えるツールを「キット」と呼んでいます。

 

まずは病児保育事業の経験を踏まえて、「感染症対策キット」「手づくり遊び用のキット」などの検討を始めています。これがあれば病児保育などの外部サービスも利用しやすいし、祖父母など周りの人を頼るときにも使えるなとアイデアを膨らませているところです。

ノーベルの「病児保育キット」の一例。現在は試供している段階で、モニターの意見を聞きながら中身の検討をしている。

本当ですか!?同じような考えで、すでに取り組みを始められていることを知り、感動しています。キットを作る際に留意されているのはどんなことですか?

最初は、キットを「必要なモノの詰め合わせ」というイメージで捉えていました。ですが、それだけだと不十分なんですね。

 

キットを使って育児を楽にすることがゴールと考えると、「ユーザーがどんなくらしをしていて、どんな知識を必要としているか」を起点に作る必要があると気づきました。そのためにも、最終形は「モノとノウハウ」がセットになったものになるかなと思います。   

「キット」はまさに家庭内労働の言語化や必要なものの標準化ですね。仕事だと当たり前のようにタスクの言語化・標準化がなされるのに、家庭内の労働はブラックボックスになりがちだと、あらためて気づきました。だから家族同士ですら実態を理解できないし、家庭内の負担を下げにくい要因にもなっているのだと思います。社会全体で、くらしの捉え直しと再構築をする必要がありそうですね。

その「くらしの当たり前」はもう古い?くらしを自分らしくデザインするために必要なことは?

自分らしいくらしをつくり、家庭内の負荷を下げていくためには、従来のくらしの当たり前を一部見直す必要があるのではないかと感じています。そこで、まずは自分なりに今のくらしを見直そうと、こんな表を作ってみました。

この表をまとめながら、私は変えるべきことが山積みだなと感じたのですが……高さんが考える、見直すべき「くらしの当たり前」は何でしょうか。

まず見直すべきは「自分たちらしい夫婦のあり方を話し合うこと」ではないかと思います。夫婦間で、家庭にどれくらいの量のタスクがあり、こなすのにどれほどの労力がかかるかということをきちんと話し合うのが当たり前になればよいなと。

 

もちろん、負担が大きい部分は外部のサービスに頼って解決すればいいのです。ですが、サービスを使用する前に、家庭内のタスク量やその配分を話し合い、夫婦の中できちんとくらしに向き合えていることが理想だと思います。

 

「家庭内のことは母親に」という意識はまだまだ社会全体に根強くあって、共働きであっても産休・育休や時短勤務を活用するのは女性が多いのが現状です。そうすると、保育園のお迎えから夕食準備、寝かしつけまで母親一人の負担になるケースが多いかと思います。

 

社会全体の雰囲気の流れに任せると、家庭内労働の大部分が女性に偏るし、男性側はそれに気づきにくい構造があると思うんですね。ですから、どのような夫婦のあり方を望んでいるかを話し合い、一緒にくらしをデザインできているか、それが重要だと思います。

主担当者が一人で考えてなんとかするのではなく、夫婦で同時に取り組むということがとても重要だなと感じます。ただ、そうしてくらしをデザインしようとする際に外部のサポートを利用しても負担を減らしにくい、という課題もあるのではないでしょうか。

 

自分の経験では、手続きが煩雑だったり、提供されるサポートがニーズにマッチしていなかったりという理由で、そんなに楽にはならないと感じてしまったんですね。

そういったケースは確かに多いと思います。これも「頼り合える社会」という前提がないことが要因のひとつではないでしょうか。サポートにアクセスするための仕組みの煩雑さは、もちろんあります。ですが、個別の仕組みやプロセスのみに手を加えても、根本として「頼り合える社会」がつくられていなければ、結局はワークしないと思うんです。


ユーザーの側が「頼れるはず」と思っていれば、多少手続きが面倒でもなんとかサポートにつながろうとします。ですが、現状はユーザー側が「本当は自分がやらなければいけないのに……」というマインドでいる。だから、煩雑な手続きにぶち当たったときに、その壁は「諦めなければいけない」というメッセージなんだと受け取ってしまうのではないでしょうか。

今は、困っている人にとって諦める理由がたくさんある状態ということなんですね。表の中でも挙げましたが、「くらしのことは家庭の中だけで解決する」という当たり前を変えていかなければと感じます。

 

お話を伺って、結局は価値観の問題に戻ってくるのだと、あらためて感じています。これは当事者だけでは解決が難しく、行政や企業が社会に働きかけていく必要があると思っています。そうしたステークホルダーにも働きかけている高さんから見て、パナソニックのような企業に期待することはありますか?

「価値観を変える協働者になってほしい」というのは、すごくありますね。企業が生み出している製品やサービスの主語が何なのか、あらためて問い直してみてほしいです。

 

例えば、子育てグッズや家電などでは「お母さん目線で作りました」「お母さん一人でも楽々使えます」というアピールがなされているケースがとても多いですよね。もちろん、それは真剣にユーザーのことを考えてそうされているのだと思いますし、そのほうがよく売れる、利益につながるという事情もあると思います。

 

ですが、そこで「“お母さん”だけが使う想定のままで本当にいいのか?」と問い直してほしいんです。家族のほかのメンバーが使いやすい、外部サービスのスタッフでも簡単にすぐ使えるというような新しい価値が必要なんじゃないか。それを一緒に考えていく仲間を増やしたい。そうやって新しい価値観を広げるムーブメントを起こしたいですね。

そういったムーブメントの一員になっていけるよう、私も行動したいです。本日は本当にありがとうございました。

実現したい「くらしの未来」を見据え、一緒に価値観を変えていく仲間に

高さんとのお話しで一番印象的だったのは、「頼り合える社会をつくりたい」という高さんの力強い言葉です。とてもシンプルなビジョンですが、どんなに仕組みを整えても、制度があっても、当事者が「子どもは社会全体で育てるもの」「困ったときは頼り合える」と心から信じられなければうまくいかないのでは、という言葉にハッとさせられました。

 

自身の経験がきっかけとなり生まれた「第三者が助けやすいように、くらしのほうを変えていくことはできないか」という思いは、今回の取材を経て一層強まりました。「家事や育児を言語化・標準化すれば、家庭の内と外をもっとつなげられるのではないか」という私の仮説に共感してもらえる部分が大きかったのも、とてもうれしい収穫です。

 

今後、具体的なアイデアやアクションを考えると同時に、「どんなくらしの未来を実現したいのか」ということを大事にして、価値観を変えるための挑戦を続けていきたいと思います。

 

皆さんのワークライフインテグレーションは、くらしに邪魔されていませんか? 一度立ち止まって、見直したいくらしの当たり前を一緒に考え、価値観を変える仲間になっていただけたらうれしいです。ぜひ「#ポストワークライフバランス」をつけて、みなさんの感想を教えてください。

イラストレーション、マンガ:倉田けい

※倉田さんのWebサイトはこちら

記事内写真提供:認定NPO法人ノーベル

 

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