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「ポストワークライフバランス」特集に寄せて

新型コロナウイルスがもたらしたパンデミックは、生活のさまざまな場面に大きな変化をもたらしました。その最たるものがワークスタイルです。私自身、自宅で仕事をすることも今では珍しくありません。

 

こうしたリモートワークも、地域によっては政府・自治体からの「要請」であり、ビデオ会議ツールや業務管理アプリなどの進化も相まって、急速に私たちのくらしに溶け込んでいきました。

 

仕事、家族との団らん、友人とのコミュニケーション、あらゆる活動が家の中で行えるようになるにつれ、これまで多くの人にとっては別々の場所で行うものだった「ワーク」と「ライフ」は融合し、それぞれの充実が生活の質そのものを左右しつつあります。

 

q&dがくらしの理想を考えたとき、課題として浮かび上がってきたのが、現在の状況はもはやワークとライフの「バランス」と言うより「インテグレーション(=統合)」であり、ワークとライフは切っても切れない関係として向き合うべき領域なのではないかということです。

 

そこで、ワークライフインテグレーションをテーマにした特集を始めるにあたり、長年、オフィスのあり方から働き方とイノベーションについて研究・考察を続けてきたコクヨ ヨコク研究所/ワークスタイル研究所所長の山下正太郎さんにお話を伺いました。山下さんは、京都工芸繊維大学の特任准教授を務めるワークプレイス領域の専門家でもあります。

 

今回は、くらしと仕事がどう交わるのか、ワークスタイルの変化が私たちのくらしにどのような影響を与えるのかなどのテーマについて行った対話の模様をお届けします。

ワークスタイルとワークプレイスの研究者
山下 正太郎

コクヨ株式会社に入社後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンセプトワークやチェンジマネジメントなどのコンサルティング業務に従事。手がけた複数の企業が「日経ニューオフィス賞(経済産業大臣賞、クリエイティブオフィス賞など)」を受賞。2011年にグローバルで成長する企業の働き方とオフィス環境を解いたメディア『WORKSIGHT(ワークサイト)』を創刊。また同年、未来の働き方と学び方を考える研究機関「WORKSIGHT LAB.(現ワークスタイル研究所)」を立上げ、研究的観点からもワークプレイスのあり方を模索している。2022年主体性ある未来を模索するリサーチ組織「ヨコク研究所」を設立。2016-17年英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート ヘレン・ハムリン ・センター・フォー・デザイン 客員研究員、2019年より京都工芸繊維大学 特任准教授を兼任。

q&d編集長
橘 匠実

奈良県出身。横浜国立大学卒業後、パナソニックへ入社。調達・宣伝業務に携わった後、2017年より同社の北米本社に駐在。2019年より現職。一児の父。TEDxKobe 2015-16 スピーチキュレーター。趣味は料理。

目次

仕事とくらしは離れたり近づいたりを繰り返してきた

橘 匠実(以下、橘)

山下さん、ご無沙汰しています。直接お話するのは、パナソニックのイノベーションラボ「Wonder Lab Osakaが開館した頃に、ワークスタイルとイノベーションに関するイベントのスピーカーとしてお越しいただいて以来だと思います。その節はお世話になりました。

山下 正太郎さん(以下、山下)

ご無沙汰しています。本日はよろしくお願いします。

山下さんとお会いした2016年を振り返ってみると、日本では「働き方改革」がトレンドになっていて、オフィス改革なども今以上に盛んだったように思います。あれから6年経ち、また、コロナ禍でリモートワークを導入する企業が増えるなど、人々の働き方も大きく変わりました。長くワークスタイルを研究してきた山下さんは、現状をどのように見られていますか。

山下

そうですね。まず、ワークスタイルの歴史を少し長い時間軸で振り返ってみたいと思います。産業革命以降、人々は住まいと労働の場を分離してきました。郊外の住まいと都心の労働先を鉄道でつなぐことで、「職住分離」は加速しました。それ以前、農作業や家内制工業が中心だった時代の「職住近接」を前提とした社会から、大きく変容したわけです。

 

200年ほどかけて労働のための場所と住まいは分かれていったわけですが、住む場所自体を労働の場とする「リモートワーク」は、今の時代に初めて注目されたわけではありません。早い例では、アメリカで通勤による公害が深刻化した1960年代以降、頻繁に注目されてきました。ただ、これまでのリモートワークブームは、労働する場所に移動するという通勤習慣を根本的に変えるものではなく、人が恒常的に住まいで働くようにはなりませんでした。

 

コロナ禍以降の流れがこれまでのブームと違うのは、リモートワークが選択肢にあるのではなく、企業や行政からの「強制」で導入され進んだこと。それまで、思い込みも含めて取り入れてこなかった働き方を体験することで、皆がリモートワークの利点を理解し、「ニューノーマル=新たな習慣」の可能性を感じたのではないでしょうか。

 

しかし、いざ習慣が変わって住居で仕事をしてみると、意外と苦労が多いこともわかってきました。私は今、家の中に仕事をする場所がないどころか、毎日朝昼晩と自炊していると、自宅のキッチンも小さく不十分に感じます。都市型の住宅はこれまで、仕事や生活に必要な役割を家の外にアウトソースしていたのだなと実感しますね。

従業員にオフィスに来てほしい組織、来なくていい組織

このような変化を、世界の企業や従業員はどのように捉えているのでしょう。地域や産業によっての違いや特徴などはありますか?

山下

企業によって違いは出ています。例えば、ビッグテックと呼ばれるアメリカの大手IT企業は、イノベーションを起こすことを目的に、オフィスに積極的な投資をしてきました。ゆえに、経営者の思考は「コロナが明けたら早くオフィスに戻ってこい」となります。

 

一方、従業員側は家で働くことのメリットを知ってしまった。引っ越して国外でリモートワークしている人だっていますから。互いの要望が異なるなかで、落としどころをどうつけるかが課題ですね。あるビッグテックは「月火木で出社しなさい」と曜日まで指定したり、出社できない従業員の給与を下げると宣言したりして、社内から非難を浴びています。

 

同じアメリカのIT企業でも、スタンスが違うところも出始めています。例えば、Dropbox社は出社を前提としない「リモートファースト宣言を出しています。彼らは物理的な空間を維持してはいるのですが、それをオフィスと呼ばず、コラボレーションやチームワークを目的とした施設「スタジオ」を展開しています。「集まる必要があれば、チームやパートナーと集まってください」という考え方ですね。

コクヨのオフィスは、これまでのいわゆる“オフィス”とは印象が大きく異なる空間だった
山下

また、コロナ禍以前からヨーロッパやオーストラリアでは、時間と場所を自由に選択するという働き方「Activity Based Working(ABW)」を選択する企業も増えていました。現在のリモートワークの流れが訪れるよりも早く、オフィスの役割が変わり、くらしの質を意識する企業も出てきていました。

 

コロナ禍でそれがさらに加速するかたちで、「人生を豊かにするために住まいやコミュニティがあり、それを支える場所として労働先=オフィスがある」という考え方が広がっているように感じます。

 

あえて言葉にするなら、「Life Based Working(LBW)」といった表現が良いでしょうか。LBWは人の生産性を高めるための策。そして、人の成長、生活の質を第一義に捉えたポリシーであるように感じます。

くらしと仕事の距離がいっそう近づくなか、各社・各国のリアクションは多様であると感じます。お話を聞いて思い出したのは、日本でヤフージャパンが発表した「どこでもオフィス手当の支給」です。居住地の選択肢拡大を進めるこの制度は、くらしのことでもあり、仕事のことでもあることに対して、会社がお金を払うという点でユニークだと感じました。

 

一人ひとりの従業員が自らの人生を俯瞰して、「どのようなくらし、どのようなキャリアを実現したいのか」という視点から、その時々の働き方を主体的に選択できるようになっていければいいですね。

人生と労働の関係性、仕事の位置づけについて、20代会社員の等身大の感覚から生まれた考察をまとめた記事を公開しました。

テクノロジーがワークスタイルに与える影響

これまでは難しかったリモートワークが一部の企業に定着したことの前提には、業務管理ツールやビデオ会議サービスなどテクノロジーの進化も間違いなく貢献していると思います。テクノロジーは、私たちのくらしと仕事のあり方をどう変えていくと思いますか?

山下

コロナ禍の前後で、企業の従業員の働く環境づくりに対するアプローチはだいぶ変わったと思います。テクノロジーがオフィスや仕事環境に対してもたらす変化は、これからも大きくなるのではないでしょうか。

 

例えば、これまでイノベーションが起きるオフィスには「ガレージ」のメタファーが使われてきました。大きく成長した会社の創業期がそうであったように、同じ場所に密度高く集まって、熱量高くアイデアを出し合うイメージです。ところが、今は人を集められないので、ガレージに代わって「公園」のメタファーが用いられるようにもなってきました。

 

公園のメタファーでは、密度よりも多様性を重視し、多様性こそがアイデアの源泉と考えます。このメタファーに当てはまるのは、メタバースのようなテクノロジーですね。例えば、メタバース空間ではすでに1,000万人以上が集まる場が創出されています。そこでは、ガレージのように特定の社員だけが集まるのではなく、社内外のメンバーが入り乱れ、多様性に富んだ議論が期待できます。

 

このように、テクノロジーによって仕事における考え方も変化しそうではありますが、これまでオフラインのオフィスで実現できていた熱狂をデジタルでは共有しにくいことも事実です。空気感や熱狂が、メタバースでどこまで実現可能かは要注目ですね。

メタバースによってどのような変化が起きるかは気になりますね。さまざまな変化も生じそうですが、山下さんは現代をどのような時代だと捉えていますか? また、テクノロジーの進化によって、その姿は今後どのように変化していくと予想されますか?

山下

時代……難しいですね。よく考えるのは「自由」についてです。イギリスの哲学者であるアイザイア・バーリン氏によれば、自由には消極的自由(制約を取り払う自由)と積極的自由(自己の意思を実現する自由)の2種類があるといいます。

 

これまでの働き方に関する取り組みでは、企業が働き方を規定することが前提で、その中での障害を取り払うことを追い求めてきたように思います。消極的自由の追求ですね。しかし現代、特にコロナ禍以降においては、働き方はワーカー自身が規定するもので、テクノロジーを最大限活用し、自分で生き方や働き方をデザインできる余地が広がったことで、「こうありたい」という積極的自由を追い求める時代になりつつあるように見えます。

確かに、求める自由が変わっているようにも感じます。ですが、積極的に自由を追い求めるというのも大変なことですよね。

山下

一方で「なんでも自分で決められる社会」は、プレッシャーも大きいですよね。例えば、あらゆることが自己責任と捉えられ、燃え尽きてしまうかもしれませんし、社会意識が低下し、周りと比べて狭い視野の中で自らの幸せを規定してしまうかもしれません。

 

景気などにも影響するので一概には関連づけられませんが、働き方の自由度は社会的に一貫して高まっているのに、うつ病などのメンタル不調に悩む患者数は一向に減らず、増加傾向にあります。このような、自主性や有能性を過剰に示し続けなければならない社会を、韓国生まれのドイツの哲学者ビョンチョル・ハンは「疲労社会」と呼び、警鐘を鳴らしています。

 

インターネット上のあらゆるコンテンツのうち、自分の興味のある情報しか見えなくなる状態を、泡に包まれることに例えて「フィルターバブル」と言いますが、この状態になると、思い込みや視野狭窄に陥りがちです。過剰な自己責任論を抜け出して、創造的な妥協点を見出すことが、これからは求められるのではないでしょうか。「このくらいだったら、自分も家族も社会も無理なく過ごせるよね」というコンセンサスを得ていくには、自分の限界を知り、周囲と対話することが欠かせないと思います。

テクノロジーが進化した先にある私たちの働き方は、どのようなものになっているでしょうか。SF作家の長谷敏司さんにインタビューしました。

くらしに潜む無償のケアワークと労働の交差点

今回から始まる「ポストライフワークバランス」特集では、仕事とくらしの統合について考えていくのですが、ワークスタイルの変遷を追ってこられた山下さんに、くらしの変化についてもぜひお聞きしたいです。仕事とくらしは、今後どのように作用し合うと思いますか?

山下

アメリカの調査ですが、リモートワークの浸透により通勤時間や身だしなみに必要な時間が減ったことで、可処分時間は増えた一方、労働時間も増えたというデータがあります。また、これまでの労働時間帯では、朝から昼に1回目、昼過ぎから夕方に2回目のピークがありましたが、これに22時から就寝前という3つ目のピークができる「トリプル・ピーク・デイ」になったという調査結果もあり、生活の隅々にまで仕事が侵入してきている様子がうかがえます。

 

生活の合間に仕事を効率的にこなしているという見方もできますが、頑張り過ぎになりがちという点もあると考えています。自宅で仕事をしていると、勤務時間に対して誰かから指摘を受けるわけでもなく、責任感が強い人はつい働き過ぎてしまいやすい。会社が「このくらいの成果が出ていれば十分だよ」と上限を決めておかないと、頑張る人は際限なく無理をすることになるわけです。

家でもオフィス勤務と同じように働くのは難しく、課題もある

確かに、つい遅くまで働いてしまうという人は増えていそうです。

山下

実は同じことが家庭の中でも起きています。科学技術史の研究者で、母・主婦でもあるルース・シュウォーツ・コーワンは、著書『お母さんは忙しくなるばかり:家事労働とテクノロジーの社会史』のなかで、世の母親たちの忙しさは変わらないどころか、家事労働はいっそう増えていると書いています。

 

これは、テクノロジーが進歩しても解決されていない課題なんです。例えば、昔は典型的なアメリカ人が作る夕食のレパートリーは数種類しかなかったけれど、家電やキッチンの進化が、家族を喜ばせたいと思う母親のレパートリーの幅を広げました。

 

家族への愛情ゆえの行動が、そのまま無償のケアワークに転換されると、家事労働の時間はどんどん増えてしまいます。日本での最たる例が「キャラ弁」ではないでしょうか。かつては存在しなかったものですよね。

山下

特に日本人は、「ケアワークは個人的なもので、アウトソースすべきではない」という意識が強く、家事代行サービスの利用率も海外と比べて低い水準です。また、家事に求めるクオリティのギャップが男女間にあり、夫に家事を任せたくないという妻も少なくないことが指摘されています。次世代の人々が自分を追い詰め過ぎることなく、外注できるところは外注して、仕事と同様にくらしのストレスを減らしていってほしいですね。

 

特にZ世代には、「過剰」「強制」といったものへの警戒心がしっかり働いていて、無理をしないようにコントロールできている印象があるので、くらしと仕事のバランスをとっていけるようになってほしいなと思っています。

ケアワークと仕事の交差点を考え、家族とキャリアの双方に良い影響のあるライフスタイルはどうしたら可能になるのか。その境界について考える記事を公開しました。

働き方の歴史と未来。コロナ禍で変わる世界各国のワークスタイルからくらしとの向き合い方まで、幅広く伺うことができました。山下さん、ありがとうございました!

「ポストワークスタイルバランス」の特集によせて

今回お届けしたインタビューは、主に日本と欧米諸国の企業における事例のうち、ホワイトカラーの労働者とその家族に主題を当てたものです。リモートワークが十分に浸透したとはまだ言い難く、この内容が「自分には当てはまらない」と感じる方もいらっしゃると思います。

 

しかし、特定の領域におけるワークスタイルであっても、地域や企業文化に応じた多様性、そして課題があることが見えてきたのではないでしょうか。

 

これから始まる特集では、テクノロジーが実現する未来の働き方や、現代の「ワーク」と「ライフ」の関係について考えます。さらには、よりプライベートな領域に話を進め、ケアワークと仕事の関係性変化について議論します。自分がやりたい「夢」を追い求めることの意義など内面的なものも含め、さまざまな方向性から働き方とくらしの交差点について探求していきます

 

まずは、特集記事第1弾となる「『夢』がないと社会から認められない?小さな欲から導き出す、私らしい夢の描き方」から読み進めていただき、ぜひ感想やメッセージを、「#ポストワークライフバランス」をつけてTwitterに投稿してください。皆さんとの対話を楽しみにしています。

『q&d』編集部が問いと対話をより深めていくq&dラヂオでは、コクヨヨコク研究所/ワークスタイル研究所所長の山下正太郎さんとのお話しを振り返りながら、ワークスタイルの変化が私たちのくらしにどのような影響を与えるのかについて、改めて考えました。

Photo by 加藤 甫

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