私たちは今、くらしに何を求めてる?
2年間の「問いと対話」から見えた3つのキーワード
私たちは今、くらしに何を求めてる?
2年間の「問いと対話」から見えた3つのキーワード
「q&d」は創刊からの2年間、数多くの若年層や有識者と対話をしながら、理想のくらしについて考えてきました。その結果、若者にとって象徴的なくらしのスタンス、くらしの理想像が、おぼろげながら見えてきました。今回は、11の問いかけを通じて浮かび上がってきた傾向を、3つのキーワードにまとめて紹介していきます。
愛知県出身。大学在学中にフリーペーパー制作とドイツ留学を経験。名古屋大学文学部を卒業後パナソニックに入社し、様々なイベント、セミナー企画に携わる。子どもの頃から食分野に興味あり。週末にはパンを焼く。
若年層は今、何にモヤモヤしてる?11の特集を経て見えてきた、心地よい「くらし」のための3つのキーワード
「q&d」の2021年10月のリリースから、2年と少しの月日が流れました。
問いと対話を通してよりよい「くらし」の当たり前を模索していこう、というコンセプトでスタートしたq&dは、広義だからこそ実態のつかみづらい「くらし」を、「自分の半径5メートルの世界で起きていることのすべて」と捉え直しました。そこから、「これからのくらしを考える11の視点」を作成し、11の視点ごとに特集を立てて、インタビューや座談会、ワークショップ、音声配信など、さまざまな手法で対話を実施してきました。
そして、前回の更新をもって、11の特集によるくらしの探究が一巡しました。これまで公開した記事は64本、q&dの制作に関わってくれた学生・社員ライターは36人、対話した有識者・若年層は60人、記事と共に提供してきた「q&dラヂオ」の配信回数は64回になります。期間の長さに対して決して数は多くないものの、企画の立案から取材、執筆や発信に至るまで、関わる人たちとの対話を丁寧に積み重ねながら制作をしてきました。
たくさんの人たちのご協力と、私たちの問いかけを真摯に受け止めてくれる読者の皆さんの存在があってこそ、ここまで運営してこれたのだと思っています。本当にありがとうございます!
この2年間、q&dでじっくりと問いと対話を重ねる中で、若年層が今のくらしに抱いているモヤモヤ、これからのくらしに望む在り方の輪郭が、少しずつ見えてきたように感じています。今回は、これまでの私たちの活動を振り返りつつ、そこで見えてきた「これからのくらしのスタンダード」を考えるための3つのキーワードをご紹介していきたいと思います。
これからのくらしを考えるキーワードその1:「N=1の中の多様性」
企画を検討する議論のなかで、何度も問いの根幹に現れてきたのが「私らしさをどう定義し、肯定していくか?」というテーマです。
近年、MBTI診断やストレングスファインダーのような「客観的に体系化された“私らしさ”の類型」はたくさん出てきていて、それを元に自分の特性は認知しやすくなっています。しかし一方で、それが「私らしさの正解」であるかのように囚われてしまい、息苦しさにつながったり、自分の可能性を狭めてしまったりするケースも多いのではないか……といった仮説も見えてきました。
そんな時代背景があるなか、q&dでは「唯一の私らしさ、のような正解はない」ということを、これまで多くの識者が対話の中で語っています。たとえばアーティストのコムアイさんは、いろいろな側面の自分がいることを前提とした上で「どれが本当の自分なのかっていうのは答えがない、あまり意味のない問い」だと指摘しながら、以下のように続けています。
“私は自らに向き合うとき、「『自分の親友』としての自分」を設定するようにしています。というのも、親友に対してはやさしくなれる人が多いと思うんですよね。親友にダメなところがあっても、その一面を「それはあなたらしくないね」と言うことはあっても「それはあなたじゃない」と決めつけることはしないし、変える必要があれば、どう変えていくかを一緒に考えようとするじゃないですか。言葉のナイフを親友に向ける人っていないと思うんです。
だけど、なぜかその向き合う対象が自分になった途端、私たちは急に言葉のナイフを取り出してしまう。できないことがあったり、つまずいたりしたときに「親友として自分のことを見てあげる」という意識を持つようにすると、必要以上に自分のことを責めることはなくなると思います。どんな自分も責める必要なんてないんですよ。”
(下記の記事より引用)
また、ある企画では大学生インターン編集部員が「SNSで複数アカウントを運用していると、いろんな考え方を持つ自分が心の中にいるように思えて、どれが本当の自分なのか分からなくなってしまう」といった率直なモヤモヤを共有してくれたことがありました。それに対して文筆家の塩谷舞さんは「いろんな自分がいるのは当たり前で自然な姿だ」と答えながら、「本当の自分」のような理想に縛られないほうがよい、とアドバイスをしてくれました。
“……職場で見せる顔と、恋人に対して見せる顔が同じ、という人はあまりいないと思いますし。でも、あんまり「職場ではこうしなきゃいけない」「恋人の前ではこういなきゃいけない」という理想を追い求めすぎると、現実との乖離によって心が壊れてしまうかもしれない。
オンであれ、オフであれ、理想通りにはできないってことを大前提として、ときどきオンにオフを混ぜたりするのもよいかもしれないですね。SNSで誰しもが「魅せる」行為をしている時代ですから、「理想的な自分でないと許せない」と、自己暗示をかけて苦しくなっている人も多そうです。”
(下記の記事より引用)
アンケートや診断などでは「N=1」の明確な個として浮かび上がってしまう「私」という存在。けれども、その内面には、定型的な質問では浮かび上がらせることのできない、グラデーションに富んだ自分がいます。日々刻々と移り変わる「私」の揺らぎを知り、受け止めていくことこそが大事なのではないでしょうか。
これからのくらしを考えるキーワードその2:「公利私欲」
「ありのままの『私らしさ』は大事にしたい」という思いはありつつも、今の世の中には「皆で向き合うべき課題」があまりにも多くあります。
たとえば、第10回の特集で取り上げた「エシカル消費」。事前に実施した若年層へのヒアリングでは、「環境にやさしく、エシカルでありたい」という願望を度々耳にしました。一方で、それを実践しようとすると、くらしの選択肢が狭まって楽しめなくなってしまうのではないか、という不安の声も多く寄せられました。
「私のくらし」と「社会」のバランスを取る上で、どんな考え方が重要になってくるのか――そんなモヤモヤについて、q&dでは「個人のニーズや欲を起点に考えよう」といったメッセージが繰り返し登場します。サステナブルな食の実践者であるélabの大山貴子さんは、「自分にとっての満足」と「食の未来」は対立する要素ではなく、むしろ循環し合うものだと話してくれました。
“サステナブルな社会を目指すことはもちろん大切ですが、食を選ぶ理由はいつも「おいしい」であるべきだと思います。最近の傾向を見ていると、おいしさとサステナブルの優先順位が逆になっているように感じることがあります。
どのような選択をしている人も「おいしいものを食べたい」「良い食事を続けていきたい」という目標は同じだと思うんです。何を選んでいるかよりも、その選択肢が持っている意味が明示されていることが重要ではないでしょうか。その食が通ってきた背景を知った上で選ぶのと知らずに選ぶのでは、同じ行動でも意味が全く異なると思います。”
(下記の記事より引用)
また、モデル・ラジオナビゲーターの長谷川ミラさんには、エシカルファッションの実践をテーマにした対話に登場していただきました。自分の「好き!」や「カッコいい!」という感情と真剣に向き合うことが、結果的に社会にとってもよい選択につながるはずだと話しています。
“興味を持って、もっと知ろうとする原動力になるから。好きを増やし、集め、広げながら、日常生活の中でちょっとした疑問をキャッチしていくと、世界の見え方も変わってきて、自然とエシカルな行動に近づいていく気がします。
それに、自分の使っているもの、食べているものについて「これはどこで誰が、こういう思いを込めて作っていて、すごくリスペクトしてるんだよね」って語れるのって、愛があってめっちゃクールだなって、私は思うんです。エシカルはカッコいいんだってことを、もっと伝えていきたいし、表現していきたいですね。”
(下記の記事より引用)
こうしたお話を聞いていると、どんなに守りたい社会規範があっても、「私」の素直な欲求や感情を置いてけぼりにしてしまうと、結局それは定着しないのだと気付かされます。「私」と「社会」はつながっているもの、循環するものだと捉えた上で、くらしの中で「私の欲」と「社会的なよさ」の交点を探していく。こうしたスタンスが、これからのスタンダードになっていくのかもしれません。
これからのくらしを考えるキーワードその3:「ただ共に在るつながり」
「私」のくらしを考える上で切っても切り離せないのが、くらしに関わる「他者」の存在。 コロナ禍で物理的に会える機会が極端に減った経験を通じて、あらためて「他者との距離感」について気づきを得たり、モヤモヤを感じたりする人も多かったのではないでしょうか。
q&dの対話の中でも、「孤立しないこと」「他者とのつながりを持てる居場所が在ること」の重要性は、繰り返し語られてきました。なかでも印象的だったのが、インターン編集部員の大学生が『縁食論』などの著者である藤原辰史さんに「ひとりでご飯を食べるのはよくないこと?」というテーマで話を聞きにいったときのことです。
“藤原
例えば、中川さんも、飲食店で周りの人が気になることはありませんか?
中川(インターン編集部員)あります。隣の人の料理がおいしそうに見えたり、何の本を読んでいるのかなって思ったりしてしまいますね。
藤原そうですよね。味だけではなく、お店に入ったときに広がる世界とか、周りの人の雰囲気を感じられるのは、楽しい一人食だと私は思うんです。中川さんはどうですか?
中川確かに、友人や家族と食事をしているときにそこまで周囲の人を気にしないので、場や周囲にいる人の空気感を感じられるのは一人食だからこそと思います。それが食の楽しさや満足感につながりうるという点も共感します。(中略)知らない人同士のつながりが生まれやすくなるのが食ということですか。
藤原はい。直接的なつながりが生まれる必要はない。例えば、つい隣の人がどんなおいしいものを食べているのか気になって見てしまったり、会話を聞いたり。一言も話さなくても、その人に関心を持って、空間を共有できたことに満足して帰ることができる。そういうのが「食」が持つ素敵な力だと思っています。”
(下記の記事より引用)
この「共在」的な空間に注目しているのは、藤原さんだけではありません。兵庫県でシェア型図書館「だいかい文庫」を運営している医師の守本陽一さんは、誰もが安心できる居場所をつくろうと奮闘しています。
守本さんは、「孤独を感じたときに立ち寄れるような場所=コモンズ」のような場づくりにおける大事な要素として、誰かが何かを「してあげる」のではなく、ただ「一緒にいる」ことから始めて、そこで自然な「おせっかい」が生まれる空間づくりが大切だ、と語っていました。
“僕がイメージするコモンズは、「おせっかい」が生まれる空間です。(中略)たまたま隣り合った人が困っていたら、ちょっと手を貸してあげる。そういう「おせっかい」って、一昔前は、町のいたるところで当たり前に行われていたやりとりだったと思うんですよ。
(中略)いま地域に必要なのは、サービスを「提供する側」と「受け取る側」という関係性を超えて、互いに「おせっかい」できるような場所を、みんなで一緒につくっていくことだと思うんです。それが僕のイメージする「コモンズ」のあり方です。僕たちが運営するだいかい文庫も、そういう場所をめざしています。”
(下記の記事より引用)
考え方がまるで違う他人同士が、どうしたらよい状態で「共に在る」ことができるのか。このような問いは多くの人が持つ普遍的なものではありますが、常に解決へと導いてくれる決まった答えはありません。「多様性は尊重すべき」という価値観になじんでいる若年層こそ、現実とのギャップの中で悩みの種になりやすいともいえます。心地よい「共在」のためにできることを、今後も探索していきたいです。
リアルな場での「共創」を軸に加え、さらなる問いと対話の拡張を
自分の変化を受け入れること、「私の欲」と「社会のため」を両立させること、他者との心地よい「共在」の感覚をつかむこと――対話の中で見えてきたこれらのキーワードは、これからのよりよいくらしの当たり前を模索する上で、とても重要なヒントになってくるように感じています。
q&dがスタートした当初に掲げた「11の視点」からの問いかけが一巡した今、私たちはこれまでの若年層や有識者との対話から得られた気づきや仮説をもとに、さらなる「くらしの豊かさ」につながる問いと対話を求めて、探究を続けていきます。
また、今までは編集部メンバーを中心としたパナソニックの社員が主に対話・執筆を行ってきましたが、今後は若年層の皆さんの声を直接聞くことにより注力していきたいと考えています。その一歩として、現在、さまざまな大学の学生さんたちに協力してもらいながら「くらしのリアルな問いを抽出する共創ワークショップ」を実行中です。そうした共創のプロセス、共創から見えてきた問いや気づきを、皆さんにお伝えしていく活動にしていこうと思っています。
q&dは、これからも「理想のくらし」を実現しようとする人々のためのメディアとして、問いと対話を真摯に続けていきます。私たちの「よりよいくらしの在り方を探究する共創活動」にご協力いただける団体さんがいらっしゃったら、ぜひご一緒させてください!
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