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自然体とはどういう状態?
ダンサー・振付家の視点で考える身体と心のバランス

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自然体とはどういう状態?
ダンサー・振付家の視点で考える身体と心のバランス

自然体でいられる関係、自然体な人……とはよくいうけれど、自分の「自然体」ってどんな状態? そんな疑問を振付家でありダンサーの鈴木ユキオさんと考えます。そして、コロナ禍の影響によってくらしが大きく変化する中で、自分に合った身体と心のバランスを整えるためのコツを探ってみました。

振付家・ダンサー
鈴木 ユキオ

「YUKIO SUZUKI projects」主宰。1997年にアスベスト館にて舞踏を始め、2000年頃から自身の創作活動に注力。作品作りと並行して、さまざまなジャンルのダンサーへの振り付け、スピッツやEGO-WRAPPIN'などアーティストのMV出演、ファッションブランド「ミナ ペルホネン」のカタログモデル出演、音楽家との共同制作なども手がける。また、舞踏のメソッドを基礎に身体を丁寧に意識するワークショップを各地で開催している。既成の表現スタイルにとらわれず「ダンスとは何か」「現代の表現とは何か」を常に模索しながら、国内外の50を超える地域で活動を展開中。

q&d副編集長
松島 茜

愛知県出身。大学在学中にフリーペーパー制作とドイツ留学を経験。名古屋大学文学部を卒業後パナソニックに入社し、様々なイベント、セミナー企画に携わる。子どもの頃から食分野に興味あり。週末にはパンを焼く。

目次

出社している私、在宅勤務の私、どちらのほうが自然体?

社会人になって実家を出て、寮での共同生活を経てから一人暮らしを始めたとき、「人目を気にしない生活はなんて楽なんだろう」と感動したことを覚えています。それも今では当たり前になり、とくにコロナ禍以降では仕事の多くが在宅に切り替わって、一人の空間で過ごす時間が生活の大半を占めるようになりました。

 

そんなライフスタイルに、最近少し違和感を覚える瞬間が増えてきました。在宅で仕事をするのは、出社するよりも楽な体勢でいられます。けれども、それがかつての「出社して仕事をするモード」と大きく異なっているからか、家だと仕事の調子が出にくく感じることが度々あります。

 

一般的に、気負いのない状態、力の抜けた楽な状態を表すときに「自然体」という言葉がよく使われると思います。そういう意味で、出社していたときよりも、自宅にいる私のほうが自然体で、リラックスして仕事ができてはかどりそうな気もします。

 

それなのに、自宅で仕事をしている状態が、どことなく不自然に感じてしまっている自分がいる。これは一体どういうことなのか、人間にとっての「自然体」とは一体何なのだろうか……そんな疑問が私の中で湧き起こりました。

 

その答えを探求すべく、私は振付家でありダンサーでもある鈴木ユキオさんを訪ねました。振付家・ダンサーとして一般の方向けのワークショップを数多く手がけ、「身体とは何か、動きとは何か」を多くの人に伝えてきた鈴木さんと一緒に、人間にとっての「自然体」とは何なのか、自分が自然で心地よいと感じる状態はどのように見つけたらよいのかを、考えてみたいと思います。

環境に合わせた「振り」は、むしろ不自然じゃない

まずは鈴木さんに「自然体」をどのように捉えているのかを、率直に伺ってみました。

鈴木 ユキオさん(以下、鈴木)

意外に思われるかもしれませんが、自然体は社会や他者などの外側の枠組みに合わせながら作っていくものだと捉えています。なぜなら身体というのは、社会や人と関わることによって、その存在や状態が意識されるものだからです。

 

実際に私たちは常に周囲の環境にフィットするように身体の状態や振る舞いを変化させていますよね。つまり、誰からも影響を受けない脱力しきった状態は、人間の身体にとってはすごく「不自然体」とも言えるんです。

これまで私が自然体だと認識していた状態について、「それはむしろ不自然体だ」という鈴木さんの発言にはとても驚きつつも、どこかで共感している自分がいました。

 

私はふと、過去の体験――就職活動の面接で胸を張るようにしたら、自然と自信を持って話せるようになったことを思い出し、鈴木さんに伝えてみました。

 

意識して胸を張るのは、普段の私にとっては不自然な振る舞いです。けれども、あの面接の場ではそれがむしろ自分の自然体だった、と言えるのかもしれない……そんな話をすると、鈴木さんは「たしかにそうですね」と穏やかに微笑みました。

鈴木

TPOや他人との関係性に応じてある種の「振り」をすることは、決して人間にとって不自然なことではありません。日常生活の中でも、会社に行くときはパリッとしたスーツを着て会社の身体になるし、仲間内の飲み会の場だったら、身体はもっとリラックスした状態になりますよね。

 

自分の作品も同様に、その瞬間の周囲との関係性が動きに現れるようなダンスを目指して作っています。ダンサー同士にアイコンタクトをしてもらいながら、相手の反応が動機となって出てくる動きこそが自然に見えるし、「振り」の先にある本当の姿だと思うからです。

自然体という目指すべき理想形がどこかに存在するような表現を目にする度に、私は「本当にそんなものがあるのだろうか?」と、もやもやした気持ちを抱いていました。「社会や他者との関わりの中で常に変わっていくものこそが自然体だ」と語る鈴木さんの捉え方は、そんな私に「いつも同じ自分でいなくてもいいんだよ」という安心感を与えてくださったように思います。

大事なのは「どう見られたいか」ではなく、「どうありたいか」

大勢の人と交流する場や重要なプレゼンなど、外部のプレッシャーに晒される場面においては、自分の動きや表情を理想的な状態に保つことはさらに難しくなります。環境に影響を受けることは自然なことだと理解しつつも、「人からどう見られるか」に左右されすぎてバランスを失ってしまう場面は多いはずです。そんな場合の対処法を鈴木さんに尋ねてみました。

鈴木

自分の振る舞い方がつかめない場面こそ、自分の身体に集中することがさらに重要になると思います。「周囲に対して自分をどう見せるか」を考えるのではなく、自分がこうありたいと思う身体の状態を決めて、そこに自分を近づけていくんです。

 

例えば「表情」は心情に左右されると思いがちですが、単純に身体の機能として捉えれば、必ずしも気持ちがついてくる必要はないんです。「口角を上げて」と言えば笑顔に近くなるし、「少しまぶたを開けてごらん」と言えば、明るい表情になる。手をぎゅっと握るのと、顔をぎゅっと動かすのは同じ、ということを身体に教えていけば、表情も意識的に動かせるようになります。

 

そしてスーツを着れば気持ちがパリッとするのと同じで、笑っていれば楽しくなる。それは気持ちを無理やり作っているということではなくて、自分が能動的にどう変わるかを決めて、身体の動きで実践するということです。「心地よくいられるかどうかは自分の身体次第」と思うことができれば、安心できますよね。

「笑顔でいようと意識することは、能動的に自分をありたい状態に近づけていくことだ」という鈴木さんの言葉は、私の心に強く響きました。自分に集中すれば身体は動く。身体が変われば気持ちも変わる。自分を失ってしまいそうな大変な局面も、意識と身体を上手く使うことによって乗り越えられそうです。

鈴木

僕もかつては大人数でのパーティーが苦手でしたが、自分の振る舞い方が分かるようになってからは楽になりました。社会の中で生きていく上で、苦手な場面に遭遇することはたくさんあります。その場所の「居方(いかた)」を自分で探して、徐々につかんでいけるといいですね。

自分が心地よい状態を理解し、その時々の自分のあり方に納得感を持つことができれば、「自分は上手く振る舞えているだろうか?」という不安はなくなるように思います。鈴木さんは、「居方が定まっていないと、周囲の目が気になって悩むことは多くなりますよね」と前置きしつつ、次のように続けました。

鈴木

自分と人とを比べるのは当たり前のことですが、比べるポイントを間違えるとすごくストレスになるんです。比較のポイントとは「世界には多様な価値観があることを知り、自分が力を注ぐべき事柄を理解すること」だと、私は捉えています。

 

他者との比較によって自分の強み、フォーカスポイントを知るのは「自分により正直になる」ためのプロセスとも言えますね。「正直さ」は、自分の心地よい居方を模索する上で、大事なキーワードだと思います。

異なる個性や価値観に触れ、自分のフォーカスポイントを知った上で、自分と他者との違いに対して「正直」になる。その過程を繰り返していくことで、周囲の枠組みに合わせながらも納得感のある「自分らしさ」を保ち続けることができそうです。

心地よい状態づくりに必要なのは「感覚」と「動作」の理解

続いて、自分の身体を上手くコントロールしながら、その場その場の環境にフィットした「居方」をつかんでいくために重要となるポイントを伺いました。

鈴木

その場の状況に合わせた居方を自然に整えていくためには、「感覚」を研ぎ澄ませて身体に意識を向け、今この瞬間の自分に集中することが必要です。

 

身体を意識するきっかけは人によってさまざまで、呼吸かも知れないし、匂いかも知れない。匂いは身体の外から漂ってくるものですが、それが体内に入って匂う瞬間に「あ、自分には確かに身体があるんだ」と感じられますよね。

 

身体が刺激を認知するプロセスに意識を向けることで、感覚は研ぎ澄まされていきます。外界を認知する感度を上げることで、身体を最優先に感じられるようになり、その環境に合わせた振る舞いがしやすくなっていくと思います。

確かに呼吸に集中してみると、外部からの刺激を意識的に受け止めることで、よりはっきりと身体の存在を意識するようになります。集中するときに深呼吸をするのは、呼吸を整えるだけでなく、思考を一度止めて、その瞬間の自分にフォーカスするねらいもあったということに気づきました。

 

一方で、自然な「居方」を実践するためには、身体の感覚を研ぎ澄ませるだけでなく、思った通りに身体を動かすスキルも必要だと思います。

 

写真の中の自分が想像と全く違うポーズを取っていることがよくあるように、動きをコントロールすることに慣れていない人間にとって、身体をイメージ通りに動かすことは難しいものです。どうすれば、意識の中にある理想の状態と、実際の身体の状態を上手くリンクさせることができるのでしょうか。

鈴木

身体を上手く動かすためには、実は頭で「理解する」ことが大事なんです。子供は感覚的に理解して楽しむことが得意ですが、大人は言葉で説明されたほうが面白く感じる。自分の頭で理解すると思った通りに動けるようになるし、それが面白いから自分で試して研究するようになるんですね。

     

ワークショップで実践している例でいうと、「背筋を伸ばして」と言うのではなく「骨の隙間を全部開けるようにしてください」と伝えてみる。手を伸ばすという動きも、「すごく細いタイツに腕を通すイメージで」と言えば、それだけで全然違う動きになります。

 

そのように頭で理解しながら身体で遊ぶことを繰り返していくと、身体の構造、動き方への理解が深まって、より的確に自分の居方、振る舞いをコントロールできるようになるでしょう。

鈴木さんのお話から、周囲の環境と調和した自然体でいるためには、感覚で周囲の情報をつかむこと、言語を通して身体の動きの理解を深めながら「居方」を調整していくこと、という2つのステップが大切だと分かりました。

 

緊張や不安で頭がいっぱいになって身体が動かないという現象に、私も度々ぶち当たることがあります。身体に意識を向ける感覚と、ありたい姿を言語化した動きのイメージを自分の中に持っておき、再現することができるようになれば、さまざまな場面で助けになりそうです。

日々の動作と意識の積み重ねが、あなたの振る舞いを変えていく

身体の感覚を取り戻し、さまざまなシーンで自然な「居方」ができるようになるためには、普段からどのようなことを意識できると良いのでしょうか。明日のくらしから取り入れられそうな実践のヒントを、鈴木さんにいただきました。

鈴木

休憩しようと思ってただソファでボーッとしていても、意外と心はもやっとしてきますよね。散歩や草取りなど、身体をほどよく動かしたほうが、頭や心はリフレッシュできるはずです。

 

と言っても、「じゃあスポーツジムに行きましょう」という話ではなくて。ほんの少し丁寧にくらすこと、日々の所作を丁寧にやってみることが大事なんだと思います。挨拶をちゃんとしようとか、いつもより少し念入りに掃除しようとか、その程度のことでも、身体への意識に繋がると思うんですよね。くらしはすごく重要。だからこそ、日々を楽しく、充実させていくことが大切だと思います

考えごとや悩みがあるとき、家事がとてもよい気分転換になることがあります。周囲の物事に注意を向けたり、手元を動かしたりすることで、自然と身体に意識が向いて自分が心地よい状態を取り戻せているのかもしれません。

鈴木

身体を意識するために自分にとっては何が効果的なのか、何を取り入れるべきかという取捨選択は、最初は難しいかもしれません。自分に合うと感じたものを少しずつ取り入れるのもいいし、これまでと同じ日々の動作を少し意識的に行うだけでもいいと思います。

     

コップの水が溢れるまで時間がかかるように、身体が変わっていくのにも3年、5年というサイクルがある。色々な要素が組み合わさったときに突然腑に落ちて、世の中の見え方が変わることがあるんです。大げさに言えば、自分の価値観がひっくり返るぐらいのポテンシャルが、身体にはあると思います。

目の前のくらし、一つひとつの営みに向き合うことが、私の自然体を形作る

「自然体」というひとつの理想形が私たちの中に存在するのではない。さまざまな状況を経験した上で、その場その場に応じて、自分にとって心地よい「居方」をつかむことが大切。そのために、身体の感覚を取り戻していこう――ということが、今回の記事で辿り着いた答えでした。

     

自分の現状に違和感を抱いていても、身体の使い方次第で自発的に「ありたい姿」に変わっていけると思えたら、上手くいかない状況も前向きに捉えられるはずです。また、身体を意識するために「くらしはすごく大切」という鈴木さんの言葉は、忙しくなるとすぐにくらしをないがしろにしてしまう自分の心に強く刺さりました。

     

生産性ばかりを追い求めたり、特別な体験に固執するのではなく、短い時間でも外を散歩したり、家事をしたり、自分と身の回りに集中する時間を大切に守っていきたいです。そうして身体への意識を保ちながら、自宅でも会社でも、プレッシャーがかかる局面でも、自分にぴったりな「居方」を見つけられる、柔軟な自分でありたいと思います。

 

皆さんは、自分にとっての「自然体」って、どんな状態だと感じますか? 記事の感想なども合わせて、ぜひ「#自分らしさの現在地」をつけて投稿してくれたら嬉しいです。

『q&d』編集部が問いと対話をより深めていくq&dラヂオでは、振付家でありダンサーの鈴木ユキオさんとのお話しを振り返りながら、自分に合った身体と心のバランスについて、改めて考えました。

Photo by 三浦咲恵

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