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自己肯定感は高めなくていい?
精神科医の斎藤環さんと考える、ネガティブ思考との向き合い方

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自己肯定感は高めなくていい?
精神科医の斎藤環さんと考える、ネガティブ思考との向き合い方

ネガティブよりもポジティブであれ、自己肯定感は低いよりも高いほうがよい……そんな風潮にプレッシャーを感じている人は、実は多いのではないでしょうか。後ろ向きで自信がなく、ついつい自虐的な言動を取ってしまう自分とどう向き合えば、もっとすこやかなくらしを送れるのか。精神科医の斎藤環さんと一緒に考えます。

精神科医
斎藤 環

筑波大学医学研究科博士課程修了。爽風会佐々木病院などを経て、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」の治療・支援ならびに啓蒙活動。著書に『「自傷的自己愛」の精神分析』(角川新書、2022年)、『改訂版 社会的ひきこもり』(PHP新書、2020年)、『承認をめぐる病』(ちくま文庫、2016年)など。

q&d編集部
中村 祐理

和歌山県生まれ、和歌山県育ち。大学では農学部で微生物学を専攻。社会人学生として入学した大学院では英語教育学専攻、日本語母語話者の英語について言語分析。数社でBtoB製品のプロモーション・マーケティング・広報などに携わった後、2018年にパナソニック入社。現在は産業用モータ・FA機器などのデジタルマーケティングを担当。休日はヨガ教室に通う。連休があればふらっと一人旅に出るのが趣味。

目次

自信がなくて、他者からの褒めも素直に受け取れない……そんな自分を変えたい

最近、メディアでは「自己肯定感は高いほうがよい」「ネガティブ思考をポジティブ思考に変えたほうがよい」といったメッセージが語られていることが多いなと感じています。そういう考え方は大事だなとも思う一方で、なかなかポジティブになれない自分にモヤモヤしてしまいます。

 

私には昔から、自分の長所よりも短所が気になる傾向があり、他者からの褒めを素直に受け取れなかったり、つい自虐的なことを言ってしまったりすることがよくあります。もう少し自身にやさしくなりたいけれど「あれもダメ、これもダメ、直さなきゃ」と厳しく当たってしまう……そんな悩みを学生の頃から、ずっと心の片隅に抱えてきました。

 

自信がなくて、自虐的な自分とどう向き合っていけば、もっと穏やかな気持ちでくらしていけるのか――そんな問いを探究するために、精神科医の斎藤環さんにお話を聞きました。

 

『「自傷的自己愛」の精神分析』などの著作を通して、人の内面に深く切り込んだ洞察をされてきた斎藤さんとの対話を通して、ネガティブすぎる自分がすこやかに生きやすくなるための術を、見つけていきたいと思います。

安心できる足場のように見えて、実は沼だった“自虐キャラ”

中村祐理(以下、中村)

斎藤さん、よろしくお願いします。私は昔から、自分で自分を下げるような言動をしてしまいがちです。最近になって「もっと自身の欠点に寛容になって、自虐キャラから脱却したい」と思い始めたものの、ネガティブな気質が強いからか、なかなかうまくいきません。

 

なぜ人は、自分がひっそりと傷つくことを分かっていても、自分を下げるような言動を取ってしまうことがあるのでしょうか?

斎藤環さん (以下、斎藤)

早速、質問に質問で返してしまいますが、中村さんは「謙遜」と「自虐」の違いって分かりますか?

中村

あまり差異を考えたことはなかったです。考えてみると、やっていること自体はほぼ一緒のように感じます。

斎藤

決定的な違いは「笑いを取ることを目的に含んでいるかどうか」なんですよ。自虐とは、自分を面白おかしく落とすことで周囲との関係を円滑にしようとする、居場所をつくるための“コミュ力”の表れだと言えます。

中村

なるほど! 自分の欠点や自信のなさをそのまま表明しても、多分引かれるだけで。だったら、それを面白おかしく話して、こんなダメな自分でも受け入れてもらおう……自分が自虐的な言動を取るときは、そんな思惑がまさにあったなと感じています。

斎藤

それと、中村さんは先ほど「自虐キャラ」という言葉を使っていましたね。この“キャラ”というのは便利な半面、一度引き受けてしまうとなかなか変えられないものなんです。

中村

キャラは便利だけど変えられない……一体どういうことでしょうか?

斎藤

私たちはクラスや職場といった特定のコミュニティ内で、他人となるべく被らないような、何かしらの「役回り≒キャラ」を引き受けて振る舞う傾向があります。

 

人が本来持っている性格は多面的なものですが、そういった複雑さは日常的なコミュニケーション上で忌避されがちです。一方で、分かりやすいキャラ設定があると、それをいじり合うことで距離が縮まり、親密さが醸成されやすくなるんですよ。

中村

たしかに、今まで「自虐キャラ」として先輩や友人からいじられてきたことは多々ありますし、そのいじりがあるからこそ「私はこのキャラを引き受けていれば、ここにいていいんだ」と感じられていたのかもしれません。

斎藤

そういう意味で、キャラは居場所を得るためのツールとして便利なんですよね。ただ、一度キャラが決まってしまうと、多くの場合そのコミュニティ内での「キャラの変更」は歓迎されません。キャラがころころ変わってしまうと、親密さの醸成のためだけに行なう意味の薄いキャラいじりが成立しにくくなるからです。

中村

軽い気持ちでいじって「いや、そういうキャラじゃないんだけど」と返されたら、白けてしまいますもんね……。

斎藤

キャラは一般的に「自分の内面にある要素の範囲で、主体的に無理なく演じるもの」と捉えられていることも多いですが、私はむしろ「環境に演じさせられている」という側面のほうが強いと思っています。中村さんが自虐的な自分から抜け出せないのは、こうしたキャラ文化が密接に関わっていると思いますよ。

「ポジティブシンキング・自己肯定感」ブームの罠

中村

私が自虐的な言動を取ってしまうのは、欠点ばかりに目がいってしまうネガティブさや自己肯定感の低さにも原因があると感じています。ここまでのお話を踏まえつつ、私のようなタイプの人間は、どうしたらもう少し自分にやさしく、ポジティブになれるのでしょうか?

斎藤

中村さんは、自身のネガティブな要素を「こういうところがダメだ」と明確に認知した上で、それを直したいと思われているんですよね? 

中村

はい、そうです。

斎藤

それは精神医学の観点からすると、まっとうな自己批判ができている健全な状態だと言えます。むしろ、無理やりポジティブに持っていこうとすると、心のバランスが取れなくなりますよ。

中村

そうなんでしょうか……メディアなどを見ていると「自己肯定感は高いほうがいい、なるべくポジティブでいよう」といったメッセージをよく見かけるので、なかなかそうなれない自分にモヤモヤしていました。

斎藤

いいんですよ、ネガティブさはあって当然です。ポジティブとネガティブは波を打つように移り変わるのが当たり前ですから。

 

たしかに、1か月間くらいはちょっとしたテクニックで、意図的に自己肯定感を高めたり、ポジティブな精神状態を維持したりすることはできるかもしれません。ただ、そこに永続性はなく、無理に高めた分その後で必ず反動が訪れます。性急な自己肯定感の追求は、むしろすこやかな自己愛の醸成を妨げる要因になるので、私はおすすめしません。

中村

かえって逆効果になるとは……! ちょっと驚きもありつつ、言われてみると納得感もあります。

斎藤

アメリカの精神科医のハインツ・コフートは「オプティマル・フラストレーション(適度な欲求不満)」という言葉を用いて、ネガティブな気持ちから生まれるパワーが人を成熟させるのだと説いています。私もそれには同意します。

 

自分のネガティブさ、自己肯定感の低さに悩む人たちはそれを「消す、抑える」のではなく、「受け入れつつ生かす、糧にする」方向で向き合えるといいと思いますよ。

 

私はこれまで多くの作家やアーティスト、実業家にインタビューしてきましたが、彼らのクリエイティビティの源泉には、必ずネガティブな感情がありました。ポジティブで満たされた状態ではなく、欠点や不満からくるフラストレーションこそが創造の原動力となるケースは、世の中にたくさんあるんですよ。

中村

なるほど……今までずっと「どうしたらもう少しポジティブになれるか?」と考えていたので、斎藤さんのお話を受けて、自分の中にあった常識が揺らいでいます(笑)。でも、それがとても心地よく感じられています。

自分が好き、嫌い、分からない――ぜんぶ共存させながら「ありのまま」を求め続ける

中村

ここまで「自虐キャラは環境に演じさせられている」「ネガティブさは悪いものではなく、創造の糧にできる」といったお話を聞かせてもらえて、ネガティブな自分との向き合い方が、少しずつ見えてきた気がしています。

 

私のような人間が、ネガティブさに引っ張られすぎることなく、上手に受け入れながら日々のくらしを送るには、日常からどんなことを意識するとよさそうでしょうか?

 

ぜひ、明日からすぐに実践できそうな具体的なアドバイスをいただけたら、とてもうれしいです。

斎藤

まずは「自虐キャラ、ダメキャラ、非モテキャラ」といったネガティブな自己認識に縛られないことが大切だと思います。前述の通り「〇〇キャラ」というのは押し付けられて演じさせられている側面が強いですし、そもそも複雑な要素が渦巻いている人間を単一のキャラで捉えようとするのは無理な話なんです。

 

人間には長所も短所もあれば、自分にも訳の分からない部分もたくさんある。自己肯定もあるけれど、自己批判、自己嫌悪も同時に存在する。多様で異質なものをぜんぶ含めて、「それでも自分自身でありたい、自分らしくありたい」と願い、動き続ける――そんな心身の連続性の中にこそ「ありのままの自分」は立ち現れてくるのではないでしょうか。

中村

「ありのままの自分」とは固定化されたものではない、というのは新鮮な気づきでした。たしかに理想の自分像は、時代や年齢によって大きく変わりそうですね。そういう前提で、「自分らしさを求め、探し続けること」自体を楽しめるようになれたらいいな、と感じました。

斎藤

それと、ネガティブな自分との向き合い方については、日頃から他者とのつながりを大切にしておくとよいと思います。自分がネガティブな感情に支配されている最中は、自分ひとりで抜け出すのが難しいことが多いです。そんな状態を救ってくれるのは、決まって周りにいる他者ですからね。

中村

つながりを大切に……といった話はよく聞くのですが、具体的にはどういうことを意識していったらよいのでしょうか? 親密度を上げるために、普段からなるべく深い自己開示をしたりするのがいいとか?

斎藤

いや、全然そんなことはないです。むしろ、自分の好きなものや楽しかった経験、今朝の朝食の話など、内面とは関係のない一般的な世間話のほうがいい。大事なのは、どんな内容でもいいから「やり取りが続いていること、つながり続けていること」です。

 

「何かあったときのために実のある話をしよう」なんて意識してしまったら、とたんに相手にうさんくさく思われるだろうし、自分でも続けるのがしんどくなってきてしまうでしょう。「つながること」を目的化しないで、日頃から他者と関わり、ネットワークを広げていくのが理想ですね。

中村

つながることを目的にしないで、他者と関わりを持ち続ける……なかなか難しそうです。でも、身近でできることはありそうだなと。自分から挨拶したりとか、何かうれしいこと、小さな発見があった時に、近くにいる人に共有してみたりとか。

斎藤

いいと思いますよ。そうやって上下も利害も目的もない、いわゆる「斜めの関係」が増えれば増えるほど、予想のできない出来事や発見に出会える機会も増えて、より自分の輪郭がはっきり見えてくることもあるでしょう。

中村

今日は斎藤さんのお話を聞けて、何か力強い拠り所ができたように感じています。本当にありがとうございました!

キャラという呪縛から自分を解放して、目的化しない「斜め上の関係」を増やしていこう

「人間は、常にポジティブでいることはありえない。ポジティブとネガティブは波を打つように移り変わるのが当たり前だ」という斎藤さんの言葉を聞いたとき、私は肩の力が抜けて、目の前が明るくなったように感じました。取材を通して「大切にするべきネガティブさもある」「“自虐キャラ”という認識に縛られなくていいんだ」と考えられるようになったことで、これから自分をよりうまく受け入れられそうです。

 

最後に斎藤さんからもらった「つながることを目的化せず、他者との関わり、斜め上の関係を増やす」というメッセージについては、正直まだ腹に落ちていない部分もあるように感じています。

 

ただ、実際に「意味はなくとも続ける」という意識で誰かにメッセージを投げてみると、何人かとはキャッチボールが続いて、不思議と「やり取りが続いていること」自体に安心が生まれる実感がありました。

 

関係から生まれる温かさを大事にしつつ、でもそれを得ることを目的化しないように……などと考え出すと途端に混乱しますが(笑)、気負わず私から誰かにボールを投げてみることは、これからも続けていきたいです。

 

その中で少しずつ、「無理に何かを演じなくても、この関係は壊れないんだ」という実感を積み重ねて、少しずつ自虐的な自分を手放していけたらいいなと思っています。

皆さんは自分がネガティブな気持ちでいっぱいになったとき、どんな方法で心を落ち着かせていますか? どんな人とのつながりが、心の平穏の支えになっているでしょうか? 本記事の感想と共に、ぜひ「#ヘルシーな自己愛」を添えて投稿してください。

『q&d』編集部が問いと対話をより深めていくq&dラヂオでは、精神科医の斎藤環さんを訪ねたときのことを振り返りながら、ネガティブで自信のない自分との向き合い方について、改めて考えました。

Photo by 加藤 甫

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