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不自由さにこそ意味がある?〈弱いロボット〉から考える他者とのほどよい関係性

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不自由さにこそ意味がある?〈弱いロボット〉から考える他者とのほどよい関係性

今、「ペットは家族」という考えが社会に定着しつつあります。では、同じようにロボットが、多くの家庭に家族として迎え入れられる未来はくるのでしょうか? 〈弱いロボット〉を開発する、豊橋技術科学大学教授・岡田美智男さんとの対話から、「人が“家族”に求めていることとは何か」の輪郭が見えてきました。

豊橋技術科学大学情報・知能工学系教授
岡田 美智男

NTT基礎研究所情報科学研究部、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)などを経て、2006年より現職。専門は、コミュニケーションの認知科学、社会的ロボティクス、ヒューマン・ロボットインタラクション。主著に『シリーズ ケアをひらく 弱いロボット』(医学書院、2012)、『〈弱いロボット〉の思考 わたし・身体・コミュニケーション』(講談社、2017)など。

q&d編集部
秋山 直彦

神奈川県出身。小学校低学年をアメリカで過ごす。一橋大学在学中は模擬国連の活動や、東アフリカ地域の都市交通の研究などを経験。2020年にパナソニックに入社し、ブランド部門で展示会企画やSNS発信などに従事。趣味は旅行と車とサイクリング。

目次

ロボットはどのように家族になる?

「そもそも家族って何だろう?」――今回の特集テーマである“理想の家族”について考えたとき、この疑問が浮かびました。

 

両親や兄弟姉妹、祖父母を真っ先に連想しましたが、現代では「ペットは家族」という考えも広く浸透し、多くの家庭で犬や猫が家族の一員として受け入れられています。また、別の記事でご紹介した「拡張家族」のように、血縁や制度を拠り所としないで家族関係を築いている人たちもいます。

 

時代の移ろいとともに、変化してきている家族の概念。では、これからもっと身近な存在になっていきそうな「ロボット」は、家族という枠組みにどう入り込んでくるでしょうか。フィクションの世界を例にとれば、国民的アニメに登場するネコ型子守ロボット、ドラえもんは野比家の家族であると感じる人は多いでしょう。現実でもすでに、ペットロボットを家族の一員として大切にしている方もいます。

 

とは言っても、私には将来ロボットが自分の家族になるというイメージがあまり湧きません。仮にロボットが万人にとって家族になり得るならば、本来無機質な機械であるはずのロボットを家族足らしめる要素とは、一体何でしょうか?

 

「ロボットが家族になる未来」を考えることで、未来の家族像の可能性を探求するだけでなく、「そもそも私たちは家族に何を求めているか?」という根源的な問いについても、示唆を得られるのではないでしょうか。

 

〈弱いロボット〉を提唱し、ロボット制作を通じて人と人との関係性やコミュニケーションを研究されている、豊橋技術科学大学教授の岡田美智男さんにお話を伺い、この問いを深めてみたいと思います。

岡田さんの研究室。個性豊かなロボットが所狭しと並んでいます。

“関係性”のヒント〈弱いロボット〉とは?

ロボットというと、工場の生産現場で活用されているロボットのように、高性能で力強く、人間の役に立つ機械をイメージする人が多いのではないでしょうか。

 

岡田さんは、これらとは異なるアプローチからロボットと向き合い、〈弱いロボット〉を開発しています。そして、とりたてて役に立たない不完全な存在である〈弱いロボット〉にこそ、これからの人間関係や家族の在り方を考えるヒントがあると言います。

岡田美智男さん(以下、岡田)

初めから〈弱いロボット〉を作ろうと決めていたわけではないんです。コミュニケーション研究の道具として、試しに作ってみたけれど、残念ながらロボットに関しては全くのド素人で、最初はポンコツなロボットしか作れませんでした。

 

しかし、それを子どもたちの前に持ち込んだら、ポンコツなロボットにしびれを切らして、子どもたちが世話をし始めたんですよ。

岡田さん曰く、人間同士のコミュニケーションには「身体性」が重要な意味を持ちます。相手と自分が同じような身体を持っているからこそ、自分の気持ちを参照しながら相手の気持ちを理解しようとする。こうした身体性を介した相互理解が、コミュニケーションの土台として機能しています。

 

そこで、コミュニケーションを研究するにあたり、「そもそもロボットの身体性とはどういうものだろう?」と思いながらロボット制作を始めた岡田さん。なかなか思うように作れない中で、「子どもたちがロボットの世話をし始める」という意外な発見が〈弱いロボット〉の着想につながったそうです。

〈弱いロボット〉の代表作に「ゴミ箱ロボット」があります。ゴミ箱に動き回るためのモーターを取り付けたこのロボットは、公共空間でゴミを拾い集めるために開発されました。ただ、ごみ箱ロボットにはアームがありません。一体どのように拾い集めるのでしょう?

 

実はこのロボット、ゴミを見つけると周囲の通行人に擦り寄るかのように近づき、「このゴミを拾ってよ!」と言わんばかりに本体を傾けます。「仕方ないなぁ」とゴミを拾い入れてあげると、お礼をするかのようにおじぎをします。

 

ロボットは、うまいこと通行人の力を借りながら「ゴミを拾い集める」というミッションをこなし、手伝った通行人も何かいいことをした気分になる。これがこの他力本願なロボットの不思議な力です。

ゴミ箱ロボットを子どもたちが遊ぶ公園に放ったところ、使い方を説明したわけでもないのに、大勢の子どもたちが遊び心満載でゴミを拾い集め、瞬く間にごみ箱が一杯になったそうです。

 

試しに3台並べてみると、幼稚園の年長さんらしき子どもが、「この赤い子はペットボトル専用」「このグレーの子は紙袋専用」と分別を仕切り始めました。この他力本願なロボットは、子どもたちの遊び心や優しさ、創意工夫を見事に引き出しながらゴミを拾い集めることに成功したのです。

岡田

完璧なロボットを前にすると、子どもたちはある意味萎縮してしまう。一方、ポンコツなロボットに対しては心を開いて、一生懸命に世話をし始める。ロボットのポンコツさ、つまり“弱さ”が子どもたちの強いところややさしさ、遊び心を引き出しているように見えました。

 

こうした様子から、お互いのへこんでいる部分や不完全な部分こそが、コミュニケーションや関係づくりにおいて積極的な意味を持っているのではないかと考えるようになりました。

子どもたちはゴミ拾いを強いられているわけではありません。一方で、自発的にごみ拾い活動を始めたわけでもありません。自力ではゴミを集められないロボットが、上手に周囲の協力を求めることで、子どもたちの遊び心、やさしさ、創意工夫の心を引き出しています。ゴミ箱ロボットと一緒に生き生きとゴミを拾う子どもたちの姿こそ、近年注目されている“ウェルビーイング”、つまり自らの能力が十分に生かされた、生き生きとした幸せな状態そのものではないでしょうか。

もし、完全自動でゴミを拾い集める高性能ロボットがあったとしても、この他力本願なゴミ箱ロボットのように周囲と良い関係を築くことはないでしょう。お互いの不完全さや弱さを補い合うからこそコミュニケーションが生まれ、自己完結していないからこそ、家族や周囲の人と関係をつくる余地があるのかもしれません。

ゴミ箱ロボットに子どもたちがゴミを捨てている様子

「冗長な自由度」こそが関係性の糸口

〈弱いロボット〉のお話から、人と人の関係づくりには「弱さ」がポイントとなることがわかってきました。岡田さんのお話をさらに伺っていくと、もうひとつ「自由度」というキーワードも浮かび上がってきます。

岡田

僕らは、さまざまな環境の変化に適応するために、自分でも律し切れないほどの冗長な自由度を持って生まれてしまったんです。自分の身体を動かすとき、いろんな骨や筋肉を全て自分の中では制御し切れないので、何らかの方法で自由度を減じる必要があるんですよ。

生まれたばかりの赤ちゃんはこの冗長な自由度を自分では制御しきれず、うまく動けません。最初は床の上に寝そべって、床からちょっと制約を受けながら、自由度の一部を減じてもらっているわけです。

 

だんだん成長して「靴下くらい、ひとりではけるよ」と強がりを言うけれど、よく見ると椅子の背もたれや部屋の壁に背中を押し付けて、自由度の一部を減じてもらい、ようやくバランスを取っている。

僕らは自分では律し切れないほどの自由度を抱えて、この世に生まれてきてしまった。その冗長な自由度を、周囲からの制約によって減じてもらう必要がある。だから、いろんな意味で周りに依存する必要があるんです。

岡田さんは、人間の“冗長な自由度”こそ、周囲との関係づくりの拠り所となる“弱さ”であると、話してくれました。そして、「この弱さを持った人間が最初にそれをさらけ出し、支えてもらう、自由度を減じてもらうコミュニティこそが家族だ」と語ります。

ロボットは家族になり得る?

家族とは、冗長な自由度を持った人間が最初に拠り所とする相手。人間とロボットがそういった関係を築くことは可能なのでしょうか。

 

現代の社会にはすでに、ペットロボットと同居し、家族のように大切にしている人がいます。今後、ロボットがさらに進化していけばそのような関係がますます一般的になったり、新しい家族のカタチに発展したりするのかもしれません。そもそも、どのような関係性を築いたら、私たちはロボットを“家族”と呼ぶのでしょうか?

岡田

家族の基本となっているのは“並ぶ関係”でのコミュニケーションではないでしょうか。誰かと一緒に公園を並んで歩くとき、何を話すわけでもないけれど、相手のことを意識して歩調を合わせるうちに、だんだん気持ちも近づいてくる。歩く方向、スピードの自由度を、相手が半分制約してくれるんです。このように、相互に委ね合うことで「わたしたち」としての〈ひとつのシステム〉を作っている関係が、家族の基本ではないでしょうか。

近年ではいろいろなロボットが家の中に入り込んでいて、自然と皆さんにかわいがってもらっています。ペットロボットと暮らしている人もたくさんいます。自然に家庭の中に入ってきていて、たとえ何の役にも立っていなくても、そこにいないとなんだか寂しい。こうした存在はその人たちにとって、家族の関係と同じなのではないでしょうか。

確かに、ロボット掃除機やスマートスピーカー、そしてペットロボットも、すでに自然な形で家庭に入り込み、私たちと「並ぶ関係」を築けているかもしれません。

 

では、技術が今よりも進化すれば、人間のように会話したり、感情の伝達を伴った高度なコミュニケーションを取ったりできる家族ロボットが実現するのでしょうか?そのとき、家族のカタチはどうなるのでしょうか?

 

そんな問いを岡田さんに投げかけてみると、慎重に言葉を選びながら、考えを共有してくださいました。

岡田

ロボットが言葉を使うことに関して、僕はとても慎重に扱いたいなと思っています。僕らの心をロボットがちゃんと理解しているわけではないのに、表面的に取り繕ったような言葉を使って慰められても、困るわけですよね。ちょっとずれちゃうんです。

言葉というものはすごく硬いというか精度が高過ぎて、ちょっとでも意味合いやニュアンスがずれると、とても違和感が生まれる。高齢者の話し相手としてのペットロボットにしても、何十年と生きてきた高齢者に違和感を持たれない言葉遣いをさせるのは、限りなく難しいはずです。

人の感情の理解についても、ロボットの場合は残念ながら、自分の身体を参照しながら人の気持ちを探るところまでは行き着いていないところがあって。共感し合って一緒に行動するという意味では、まだほんのちょっと非対称なんです。人間のほうはロボット側の振る舞いに対して共感できるけれど、ロボット側が自分の身体を通じて人間に共感する、というところにはまだ至っていないのが現状です。

ディープラーニング技術の進歩で、ある状態に対してどんな行動を取ったら人間が喜ぶかは学習できるかもしれません。でも、身体性を通じた共感的なコミュニケーションを行うのは、かなり先の話なのではないでしょうか。

技術が進歩すれば、ロボットは人間と同じように社会や家族の一員になれる。私はそんな答えを聞けるものだと、素人ながらに予想していました。一方で、その結果「結婚しなくてもロボットがいればいい」となるような未来、そのディストピア感に、恐れを抱いてもいました。

 

しかし、岡田さんの長年の研究をもってしても「考えたこともないくらい先の、遠い未来話。そもそもあり得ないのではないか」と即答されるほど、非現実的な話のようです。

今後も、さまざまなロボットが家庭の中で私たちと「並ぶ関係」を築き、くらしを心豊かにしてくれることでしょう。そのような関係を「家族」と言っても差し支えないかもしれません。一方、ロボットが人間を代替する「家族ポジションのシンギュラリティ」は、心配には及ばないようです。

 

ドラえもんのような家族ロボットを期待する反面、人間の価値がロボットに代替される未来を不安に思っていた私にとって、残念なような、少し安心するようなお話でした。

家族の要は、相互にほどよく依存し合うこと

ここまで、家族とはどのような関係なのか、そこにロボットはどのように入り込めるのか、岡田さんの考えを伺いました。では、岡田さんにとって今回の特集のテーマである「理想の家族」とはどのようなものでしょうか?

岡田

お互いに緩く依存し合っている。そういった関係が保たれているのが、僕としては理想の家族なのかなと思いますし、それをロボットが一部サポートしてあげても、全然問題はないのかなと思いますね。

理想の家族を考える上で、“依存”というキーワードが出てきました。岡田さんは、この“依存”が「相互に」「ほどよく」なされている関係こそ理想の家族の重要なポイントになるのではないか、と指摘します。

岡田

東京大学の熊谷晋一郎先生が指摘された「依存先の分散としての自立」という考え方はご存じでしょうか? 「自立」とは、誰の力も借りずに1人で立つことに見えて、実はいろいろなところに依存先を設けて、それを分散させておくことなんです。

子どもが自立していく過程でも、お母さんお父さんだけでなく、部屋の壁やソファの背もたれ、友達など、さまざまなところに依存先を見つけながら、次第に自分でやれることが増えていく。それでようやく社会に出ていくわけです。

社会の中で、いろいろなものや人に依存しながら支えてもらう。そのコツを家庭の中で少しずつ見いだしながら、人は育っていくのかなと思います。そういう、人間が成長する上での足場というのも、家族の重要な役割ではないでしょうか。

私もですが、「自立せねば」「自己完結せねば」とつい考えてしまう人は多いのではないでしょうか。しかし、岡田さんが〈弱いロボット〉の研究で考えている自立とは、周囲に依存しないということではなく、むしろさまざまなところに依存先を分散していくこと、ほどよく周囲に支えてもらうことです。

 

理想の家族とは、お互いにいいあんばいで依存し合う関係が保たれていて、人が成長するにつれて、友人や新しい家族など依存先を分散させていく足場として機能するものなのです。

ネガティブに捉えていた要素こそ、ウェルビーイングな関係を築くポイントだった

ロボットは生き物なんです。役に立つ・立たないではない。

研究室を訪ねた際、岡田さんがふと口にされたこの言葉が印象に残っています。ロボットはこれまで、人間の暮らしを便利にしてくれる「道具」として進化してきました。これからも進化していくでしょう。

 

一方で、岡田さんが追究している「そこにいるだけで尊い」「いないとなんだか寂しい」というロボットの価値も、これからのウェルビーイングを考える上で重要なヒントになると感じます。

 

岡田さんにご協力いただいた今回の探求、「ウェルビーイングな家族ロボット」という視点を深められただけでなく、そもそも人間は他者とどのように関係を築いているのか、その「関係性」について、大きな学びが得られました。

 

「“弱さ”こそ関係性の糸口」

「冗長な自由度を相互にほどよく制約する関係性」

「自立とは自己完結ではなく依存先の分散」

 

こうした視点は、「自分の力だけで立ち、より自由になることが良いこと」と知らず知らずのうちに思い込んでいた私にとって、ハッとするような、ホッとするような気づきを与えてくれました。

 

「依存」や「不自由さ」をネガティブに捉えずに、むしろそれらをいいあんばいに保つことこそ、良い関係性のポイントである。そう考えながら、周囲とのウェルビーイングな関係を築いていきたいと思います。

Photo by 加藤 甫 および提供写真

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