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就職と同時に可能性を諦めた過去の私へ。
学習学を通して再度向き合う大人の学び

Lifelong Learning

就職と同時に可能性を諦めた過去の私へ。
学習学を通して再度向き合う大人の学び

社会の急激な変化に伴い、年齢やライフステージに囚われず、「学び続けること」の重要性が謳われるようになりました。文部科学省が公開している資料によると、終身雇用が一般的ではなくなりマルチステージの生き方に変わってきたこと、テクノロジーの進化によって急激に世の中が変化していることから、誰もがいくつになっても学び続けられる社会(リカレント教育)を実現する必要性が謳われています。

 

ただ私自身、学びの大切さを頭で理解しつつも、就職するとき「残りの人生は耐えるのみ」と、自分の可能性を諦めていました。イキイキと学び成長する人に嫌悪感があるほどだったのですが、出産という経験を機に、さまざまな人や社会に触れたことで学びが徐々に楽しくなったのです。私はきっかけがあって変わることができましたが、同じように学びを悲観的に捉えている人は多くいるのではないかと思います。

 

学びを前向きなものとして捉えるにはどうしたらいいか。今回、「学習学」を提唱する、京都芸術大学 教授の本間正人先生と一緒に考えました。

京都芸術大学 教授
本間 正人

1959 年、東京生まれ。東京大学文学部社会学科卒業、ミネソタ大学大学院修了(成人教育学 Ph.D.)。ミネソタ州政府貿易局日本室長、松下政経塾研究主担当、NHK教育テレビ「実践ビジネス英会話」の講師や、CS朝日ニュースターの国際的情報番組「Learning Planet」のアンカーなどを歴任。「学習学」を提唱。コーチングやポジティブ組織開発、ほめ言葉、英語学習法などの著書79冊。2012年4月から6月まで、NHK教育テレビ「3か月トピック英会話」講師。現在、NPO法人学習学協会代表理事、NPO法人ハロードリーム実行委員会理事、一般社団法人キャリア教育コーディネーターネットワーク協議会理事などをつとめる。

q&d編集部
小関 史織

北海道の田舎出身。2022年1月にパナソニックITSに入社(グループ歴は13年)社内広報担当。グループ内でラジオ番組をしたり、京都芸術大学でデザインを学んだりのDJでJD。地方活性化や、ワーケーションなどの自由な働き方に興味あり、チョロチョロしがち。上司には放牧してもらって楽しく働いており、最近は畑を始めたユニークな自社が大好き。一応、2児の母。

目次

イキイキと学ぶ人に、嫌悪感を覚えていた昔の私

「自分の学びは終了した。定年までの残りの人生は給料のために生きるんだ」

 

就職する22歳のとき、私が思っていたことです。仕事を耐えるものと考えており、成長意欲を持って学ぶ人を見ると、嫌悪感を覚えてしまうほどでした。当時の私は自分の学歴にコンプレックスを持っており、学びが遠い存在だったからかもしれません。

 

就職した20代前半には、組織改革の影響などもあり、1年スパンで異動するような働き方をしていました。ようやく業務を覚えたと思ったタイミングで、新しい部署に移らなければいけない状況が続いたのです。そのため、当時は会社への帰属意識が徐々に薄れ、モチベーションを失いつつありました。「定年後に何をしようかな」と40年後に思いを馳せ、どうやったら効率よく上手くぶら下がれるか、などと考えていたものです。絵にかいたような「あきらめ社員」だったように思います。

 

ただ、子育てを機に、会社以外のさまざまな人と交流し、仕事に対する多様な価値観と触れ合うようになりました。赤ちゃんを抱きながら勉強会に参加したり、地域に住む人々と活動したりする経験を通して、徐々に景色が変わっていったのです。

 

中でも、育休中に受講したコーチングの講座で、本間先生と出会ったことは私を変える大きなきっかけとなりました。本間先生は、“生きることそのものが学び”と捉える「学習学」を提唱しています。この考え方に触れ、私の学びはどんどん豊かなものになりました。今では子育てと仕事をしながら、大学にも通う日々を過ごしています。

 

ただ、きっかけをつかめないまま、過去の私のように自分の可能性を閉じてしまい、学びの楽しさに出会えていない方は少なくないのではないかと思います。日々のくらしを豊かにする学びはどう見つけたらいいか、最初の一歩をどう踏み出したらいいのか。今回、変わるきっかけをもらった本間先生を訪ねました。

学習学における「学び」とは何なのか

小関 史織(以下、小関)

本間先生、4年前のコーチング講座ではありがとうございました。先生の講座がきっかけで私は前向きに学べるようになり、大学にも通うようになりました。

本間 正人さん(以下、本間)

それは良かった! 今日は久しぶりに会えて嬉しいです。

小関

あらためてになるのですが、最初に先生が提唱する学習学はどのような考え方なのか、「学び」をどのように定義しているのか教えていただいてもいいでしょうか。一般的に、学びと聞くと学校で習うもののイメージがある方が多いように思います。

本間

学習学では、学びを「生きることと同じぐらい広いもの」と捉えています。学びと言ったときに、多くの人が先生から一斉授業で知識を教わるイメージを持っている。なかなかそこから抜け出せない。その過程から生まれる成果も大事ですが、並行して日々のくらしから得られる経験もすべて学びであり、非常に重要と考えています。

 

これらの融合が重要という考え方に沿って、学び続けることや「最新学習歴」を更新し続けることを大切にしているのが、学習学という考え方です。

学習学が考える、「教育」と「学習」の違い
小関

日々のくらしから得られる経験も学びなのだと捉えたとき、具体的にはどのような変化や違いが生まれてくると考えていますか?

本間

根本的な違いは、「正解がない」という前提に立つことです。仕事にしても、人間関係にしても、正解なんてないですよね。でも、多くの人はどこかに正解があって、間違ってはいけないと思っているのではないでしょうか。

 

だから、学習学では「失敗という言葉をやめよう」と言っています。失敗が挑戦にブレーキをかけるから、まだ成功とはえなくても、失敗ではなく「未成功」と呼ぼうと。質の高い未成功を積み上げていくことが、成功への近道だと考えています。

小関

たしかに、学校での学びは定期的にテストが行われて、その点数で評価がされますよね。「間違ってはいけない」「正解がある」という意識が強くなりそうです。

本間

もう一つの大きな違いは、課題が発生したときに「誰と」解決するかです。一人で完結する仕事というのは、ほとんどないですよね。誰かとコラボレーションし、力を合わせないと解決しないことばかりなのに、一人で抱え込む癖を多くの人が持っているように思います。この癖は、ペーパーテストの問題を一人で解かなければいけないという学校での経験によって、身についてしまうものではないでしょうか。

やっぱり正解を求めてしまっている?

小関

私自身、学校での勉強が嫌いで、就職が学びのゴールだと思っていました。

 

特に、高校時代には学びへの意欲が一気になくなった瞬間があったんです。いつも成績が悪くて叱られていた英語の先生の授業で、珍しく予習をして臨んだ日のことです。そんな日に限って、同じクラスのギャルに「ノートを見せて」と言われ、授業中に当てられたそのギャルは私が予習した内容をそのまま言いました。

 

先生は「表現が素晴らしい。この文章をどう思いついた?」と言い、ギャルはなんと「辞書で調べました」と返答したのです。私の評価は低いまま、そのギャルの評価は上がっていく光景を見て、言葉に言い表せない感情を抱いたことを覚えています。

 

その後、社会人になって偶然学びの楽しさを体感できたので、私は一歩踏み出せた。ただ、そうした偶然が誰しも訪れるわけではありません。最初の一歩を踏み出したいと思っているけどできていない方に、アドバイスされていることはありますか。

本間

よく「日坊主はダメ」と言われますよね。私の場合、日坊主にも意義があると思うんです。学習学では「試着する」と言っていて。洋服を買うときに、試着するじゃないですか。それが大切だと思うんです。いきなり似合う服が分かるはいませんよね。実際に袖を通して初めて、「自分に合うな」とか「肩のところが楽だな」とかが分かります。試着してみないと分からないことって、いっぱいあるわけです。

 

とりあえず試着をしてみると、少しずつ自分の心が自然に動くことや、「面白いな」「楽しいな」と思えることが見えてきます。お料理やスポーツ、アニメ、ゲーム、何でもいいんです。一つひとつの経験から、学びは始まっていきますから。

小関

時代の急激な変化とともに、学び続けなければいけないとプレッシャーを感じる若い世代も多いと思います。前向きに学び始めるのに、試着するという考え方は分かりやすいと思いました! 試着の仕方で、何か具体例があれば教えていただきたいです。

本間

こういう質問を受けると、やっぱり正解を求めているなと思います(笑)。ぜひ、この記事を読む方には、未成功を恐れず色んな試着をしてもらえると嬉しいです。

 

ただ、「試着してみて」と言われても、なかなか簡単には始められないですよね。私のオススメは、誰かと一緒にやることです。一人だとやっぱり勇気がいります。誰かと一緒だと気軽に挑戦ができるし、互いに背中を押すことができる。同じことで踏み出してもいいし、僕は料理で、君はバドミントンみたいな感じでもいいと思います。

小関

たしかに、誰かと一緒に始めることで、励ましあったり、競ったりし、学びが楽しいものに変わっていきそうな気がします。学び始めた後のことも伺いたいのですが、私の場合、最初のころは継続できたかというと、得られる成果を期待しすぎたり、自分よりも先にいる人と比べて続かなくなったりすることも多かった気がします。継続していくという観点で、本間先生が考えていらっしゃることはありますか。

本間

他者と比較してしまう人には、よく「学びは自己ベストの更新だ」と伝えています。他者と比較したら、必ず何かしらで負けてしまいます。でも自己ベストは、どんな人でも、色んな種目において更新することができるんです。

小関

本間先生は最近、どんなことで自己ベストを更新されているのですか?

本間

僕は最近、オンライン英会話サービス先生と話しています。もともと英語は話せるのですが、訓練していないとなまってしまうし、何より先生との会話が楽しいんですよね。だから、毎日学ぶのは難しいのですが、「ゼロの週をつくらないようにしよう」と決めて、少しずつ自己ベストを更新するようにしています。

 

学んでいる中で成長しているときは嬉しいし楽しいから続くけれど、どうしても伸び悩む時期が出てきます。このとき地道に続けていると次の上昇ポイントまで行けるのだけれど、なかなかモチベーションを保つのは難しいんですよね。

 

オススメは、記録をつけて、ゼロをつくらないこと。ゼロというのは、僕のように毎日でなくとも、「週に1回」でもいいんです。記録をとり続けた実績が見える化されると、自信や自己肯定感が生まれるし、自己ベストも更新できるようになりますよ。

 

記録をとるのはカレンダーでも、ノートでもいい。スマートフォンのメモでもいいし、学びのログを簡単に記録でるアプリもあるので、ぜひ試してほしいですね。

学びを身近にするため、今日からできること

小関

記録をとることで、伸び悩んだときも、学びが楽しいものになっていきやすいということですね。最後に、人生を豊かにする学びを身近なものにするため、日々のくらしの中で今日から実践できそうなアイデアを、一緒に考えてもらえたら嬉しいです。

本間

身近なところだと、自分の住む町を観察しながら散歩してみるのはどうでしょうか。そうすると理系の人は、何か植物に気づくかもしれないし、文系の人は「この住宅の建築費はいくらかな」とか考えるかもしれない。いつもと違う日常の中で新たな発見を見つけることで好奇心が生まれると、学びにつながりやすいかもしれません。

小関

そんなことでいいんですね! たしかに言われてみれば、私自身、大学に入ってから視点が変わり、今までと同じものを見ていても、見るたびに新しい気づきがあるような気がします。その中で、まずは自分の心が動くことや興味がきそうなことを見つけるということですね。

本間

そうですね。小関さんは先ほど、「大学で学び始めた」と言っていたけれど、今どんなことを研究したい、やってみたいと思っているんですか?

小関

今は、空間演出デザインを学んでいます。最初は建築空間に興味を持って入学したのですが、徐々にブランディングやコミュニティデザインに興味を持ち始めました。田舎出身なので、地方のブランディングについて考えたいと思ったんです。

本間

ブランディング! いいじゃないですか。「地方創生」という言葉が長年言われていますし、課題が多いからこそやりがいは大きいと思うので、応援していますよ。

小関

そうってもらえると背中を押されたような感じがして、とても嬉しいです。

本間

学びっていうのは、「ネバーエンディング(終わりがない)」のが良いですよね。伝統文化の多くも、一生続く探求への道が大事だとされています。そうした時間を非効率に感じる方もいるかもしれませんが、伝統的に受け継がれてきた日本の文化は、まさに生きていることそのものが学びであることを体現している一つなのかもしれません。

小関

私が「学びが終わった」と思っていた時期は、日常が辛くて苦しくなることが多かったです。いつも何かに追われ、疲れている状態。でも、友人と一緒に新たな社会に触れて新たな発見や知識が増えるたび、どんどん人生が楽しくなっていきました。

 

中でも、子育てをしながら働き、会社経営をされている女性の講演が印象に残っています。その方が楽しく働くことから、子どもから「お母さんの職場は、ディズニーランドみたいに楽しいところなんだね」と言われたというエピソードがありました。

 

ステキだなと思うと同時に、今の私のままだと「我が子は働くのが不安になるし、大人になるのも嫌になってしまう」と感じたんです。まずは私の生き方スイッチを切り替えよう。そう思い始めてから、日々のくらしが学びになっていきました。

本間

最初の一歩を踏み出せると、次の二歩、三歩、四歩は軽いんですよね。そこら辺に止まっている車があったとして、止まっている車の向きを変えるのは大変じゃないですか。小さな車でも1トンありますから、20人の屈強な男性が持ち上げても、一人50キログラムです。これを持ち上げるのは至難の業。でも動き始めた車だったら一人がハンドル持って、一人が押したら方向を簡単に変えることができます。小関さんが友人の方と一緒に学びを始めたというのは、とても良い最初の一歩だったと思います。

小関

ありがとうございます。今日聞いたお話を周りの人に伝えていきたいと思いました。先生とお話することができて、本当に良かったです!

自分にも、まだ学びの伸び代があった!

自分と違う世界でイキイキと頑張る人を見ると嫌悪感を覚えていた私は、一歩を踏み出せたことで、自分にまだ学びの伸び代があると気づき、いつの間にか積極的に「学びたい」というモチベーションが自然と湧いてくるようになっていました。

 

最初の一歩は重たくて苦しいかもしれないけれど、誰かと一緒なら、勇気を出して踏み出せる。あとは、自然と学びたい気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。

 

今回、本間先生に取材をさせていただいたことで、あらためて過去の自分のような人に、最初の一歩を踏み出すことで日々のくらしが豊かになり、学びが楽しくてウズウズするような感覚を、ぜひ味わってほしいと思いました。

 

学ぶのは、心を動かして生きることなのですから、伸び代はいつまでもありますね!

 

皆さんは、日々のくらしを学びに変えるため、どんな一歩を踏み出したいと考えますか? 記事の感想とともに、ぜひ「#食べるように学ぶ」をつけてシェアしてください。

『q&d』編集部が問いと対話をより深めていくq&dラヂオでは、京都芸術大学の本間正人先生を訪ねたときのことを振り返りながら、学びに対して悲観的にならず、前向きなものとして捉えるにはどうしたらいいかについて、改めて考えました。

Photo by 須古 恵

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