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「つい学び続けてしまう仕掛け」をどうデザインする?
組織に学びを定着させる方法を探る

Lifelong Learning

「つい学び続けてしまう仕掛け」をどうデザインする?
組織に学びを定着させる方法を探る

人生100年時代といわれる昨今、社会全体だけでなく企業単位でも「生涯学び続けること」の機運が高まっています。けれども、その意義を唱えるだけでは、なかなか組織に学びは定着しません。強制されずとも人がつい学び続けてしまう環境をつくるには、何が必要なのでしょうか?

経済産業省産業技術環境局 大学連携推進室 室長補佐
米山 侑志

2011年に経済産業省に入省し、東日本大震災後の福島第一原発事故収束対応を中心としたエネルギー政策に従事。2018年に産業人材政策室に異動し、働き方改革推進、柔軟な働き方推進、新卒採用ルール見直し、リカレント教育推進などに携わる。2021年よりデジタル庁にて、採用や組織開発・組織文化形成を担う。2022年6月より現職にて、産学連携にまつわる人材政策などを担う。

q&d編集部
黒田 健太朗

2012年、パナソニックに入社。4年間エンジニアとして事業開発を担当した後、本社経営企画部に異動し、社長や経営幹部の意思決定サポート業務に従事。その後「社内複業・留職制度」の企画策定や未来の実験区100BANCHなどでの勤務を経て現在、人事部門で企画業務を担当。オフ時間は社内ナレッジコミュニティ「まつしたむらじゅく」の企画・運営、ソフトバンクacademiaなど、土日もふんだんに”活動”に使用した結果、最近家庭が冷たいことが気がかり。

目次

「学んだほうが得」という状態を、どうつくっていくか?

今回の特集「Hungry to Learn?」の枠内で、私が何を追究したいかと考えたとき、真っ先に浮かんだのが「どうしたら人が学び続けられる環境をつくれるのか?」という問いでした。

 

2016年に『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』が出版されてから、リカレント教育、すなわち「生涯学び続けること」の重要性が広く説かれるようになりました。私自身、社員同士の勉強会を毎週開催し続けていて、学びの習慣化がくらしにもたらす恩恵の大きさを実感しています。

 

一方で、人材開発に携わる立場もあって、最近は若い社員から「意志はあるけれど、業務に追われてなかなか手が付けられない、続かない」といった相談を受けることも増えてきました。日々やるべきことが多くある中で、彼らのような悩みを持つ人たち学びの実践を促すには、「もっと学ぼう!」といった啓蒙活動ではなく「日常の中で、つい優先して学び続けてしまうような仕組みのデザイン」が必要だと考えています。

 

それがどうしたら組織の中でうまくいくのかと試行錯誤を繰り返すうちに、「学んだほうが得になる」「学んでいる私が必要とされる」といった仕掛けをつくるのが大事なのではないか、という仮説にたどり着きました。学ぶことのインセンティブを設計することで「つい学んでしまう、学び続けてしまう環境」に近づけられるのではないか、と。

 

この仮説について議論を深め、学び続けてしまう環境を組織にインストールする具体的な方法を探求するべく、経済産業省産業技術環境局の米山侑志さんにお話を伺いました。

過去にリカレント教育の推進に携わり、その後も官の立場でさまざまな「組織づくり、組織の学び直し」に向き合ってきた米山さんとの対話を通して、学びと個人、学びと組織のよりよい関係を紡ぐヒントを、見いだしていきたいと思います。

組織に「学び」をインストールするのに必要な覚悟とは?

黒田 健太朗(以下、黒田)

米山さん、本日はよろしくお願いします。今日、お話しできることをとても楽しみにしてきました!

米山 侑志さん(以下、米山)

こちらこそ、よろしくお願いします。

黒田

私は現在、組織内で「社員の学び直し、学び続けられる環境づくり」を仕掛ける立場にいるのですが、学びを組織にインストールするには、インセンティブの設計や文化づくりが大切なのでは、と感じています。

 

こうしたインセンティブの設計を考えるに当たって、官の立場でリカレント教育の推進や組織づくりに携わられていた米山さんの視座をお借りしながら、民間企業だからこそできる学びの実装のためのアプローチを探究できたらと思っています。

米山

取材の背景の説明、ありがとうございます。国ができることと、民間企業だからできること、確かに大きな違いがありますね。

 

国のリカレント教育施策の基本は、まず「学び直しをしたくてもできない人たち」へのアプローチです。主に意欲のある人たちの「時間がない、機会がない、お金がない」といった負の側面を取り除くことで、学び直しを促進しようとしてきました。

 

一方で「特に理由はないけど、現状は学びに意欲が湧かない」という人たちも、社会には少なくありません。モチベーションの少ない人たちを動かすアプローチについては、残念ながら国が苦手としているところです。

黒田

なるほど。

米山

もちろん、こうした人に対しても学び直しを促し、その結果よりよい状態になって、彼らの様子に周囲が影響を受けてさらに学びたい人が増えていく……といったアプローチはありますが、直接的にはなかなか難しいというイメージは持っています。

 

企業の場合は組織の規模にもよりますが、個人との距離が比較的近いので、意欲が少ない人たちも巻き込めるような「学び」の文化づくり、具体的な仕掛けづくりが可能だと思います。国の手が届かない範囲なので、黒田さんのような立場の方々には、ぜひ頑張っていただきたいなと(笑)。

黒田

そこを頑張りたいところなのですが、企業における「学び」の仕掛けづくりのユースケースが、今の社会にはまだあまり出回っていないように感じていて。今日はぜひ、米山さんとお話ししながら、ユースケースを生み出すための仮説を一緒に組み立てていけたらと思っています。

米山

いろいろと個別の施策は考えられそうですね。ただ、その前にひとつ、前提として持つべきだと思っている意識について、話をしてもよろしいでしょうか。

黒田

ぜひ伺いたいです。それは何でしょう?

米山

学び直しに限らず、組織に何かしらの文化を根付かせようとする際には「何かひとつの施策を進めればいいわけではない」という意識を持つことが大事だと考えています。

 

たとえば学び直しに関してだと、「多様な学びの選択肢を用意する」「学びのための休暇を取りやすくする」「学んだ人をポジティブに評価できるような人事制度にする」など、パッと思いつくだけでもさまざまな要素が出てきますよね。

 

これらの要素は互いに影響し合っているので、ひとつだけ大きく変えても、組織の状況はなかなか変わらないんじゃないかと思います。変数がもっと大きく複雑な社会になると、なおさらです。だからこそ、重要なポイントを見定めて、同時並行でアプローチしていく姿勢が不可欠になってきます。それにより、まさに「カルチャーとして学びを推奨する」ということにもつながるのではないかと考えます。

黒田

そうですね、肝に銘じたいと思います。課題解決の話をするとき、人はどうしても「これだけやれば上手くいく!」といった特効薬を求めがちですからね。そういうものは、そもそもないのだと。

米山

そうですね。さらに言うと、組織として「学び」を推進していくのは、相対的には「学ばない人たちをネガティブに評価する」側面も持つのだという認識も大切です。そこには確実に反発も生まれるでしょう。

 

「学びっていいよね、やっていこう」と口で言うだけでは、組織の文化は変えられません。本気で変えていこうと思ったら、たとえ反発があっても「それでもうちの組織では学びを推奨していく」と、意志を貫く覚悟が必要だと感じています。

実益と結びつけるために必要な「見える化」と「満足のサイクル」

黒田

ここからは、組織の中に「つい学んでしまう環境」をつくるための具体的な施策について、米山さんの考えを聞かせていただけたら幸いです。

米山

先ほど黒田さんは「学びのインセンティブの設計が重要なのではないか」とおっしゃっていましたね。それについては私も賛成です。「学べ」と言っても人は動かないですから、そこに実益を結びつけて、「学ぶといいことがある」と印象づけるのは、とても大切な観点だと思います

黒田

その「学び」と「実益」を結びつけるプロセスを、組織の中で上手く仕掛けていきたいと考えているのですが、米山さんだったら、どのように設計していこうと思われますか?

米山

あくまで私個人の考えですが、まずは「学んだこと、学んでいることの見える化」が重要になってくるかな、と思っています。学びを正当に評価するためには、やはりそれを誰の目にもわかるように可視化することが第一です。

 

この「学びの見える化」は、国レベルで施策を講じようとすると項目の設計などが難しいのですが、組織レベルでの試行なら、最初から厳密に条件設定などをしなくてもいいと思います。本人の自己申告で自由に書いてシェアできるプラットフォームなどがつくれるといいですね。

黒田

同感です。私も、各社員のスキルや興味関心領域を共有しやすくなるように、社内ポートフォリオのシステムを整備してきました。ただ、そこで「見える化」したものを実益に繋げていくところで、苦戦をしておりまして……。

米山

学びの実益を考えるに当たっては、当事者の「学びの満足のサイクル」をデザインすることが大事かな、と思っています。

黒田

「学びの満足のサイクル」ですか。

米山

学んで新しく何かができるようになった、仕事で成果が出て頼られるようになる……そういった実感が当事者の中で積み重なっていくと、「学びは楽しくてためになる!」と学習が進んで、学びが常態化していく可能性が高くなるはずです。なので「学ぶ→できるようになる→成果が出る→頼られる・任される→楽しい→だからもっと学ぶ」という循環が起こるような行動のデザインをしていくとよいでしょう。

「副業」が学びのインセンティブの受け皿になる?

黒田

お話を伺いながら、「頼られる・任される」体験がいま、欠けているんじゃないかなと感じました。友人などの近い関係からお互いのスキルを認知し合い、「頼られる・任される」体験に繋げていくことが、学びの満足のサイクルを回す起点になりそうだと思います。「関係の中での実益」をデザインしていくことがカギなんじゃないかなと。

米山

関係の中での実益、確かに担保できるといいですね。社員同士での称賛や感謝の送り合いが生まれてくると、学びのサイクルはより強固になると思います。

黒田

称賛や感謝の送り合いによる承認欲求をくすぐるよりも、もっと形あるものに落とし込んでいくとしたら……たとえば、「仕事の斡旋のし合い」などはどうでしょうか? 

見える化した学びがきっかけとなって「あなたのここを生かしたい、頼りたい」というコミュニケーションが発生し、新たな仕事に結実していく。こうした小さな頼り合いが次々と生まれ、それが成果や報酬に繋がっていけば、すごくいいサイクルができそうだなと。

米山

それは素敵ですね。「こんなことやってみたら?」「こういうことやろうとしているんだけど、ぜひ力を貸してほしい」と誘い合って動き出す仕事が増えていくと、ポジティブな業務、チームがどんどん増えていくでしょう。

 

関係の中での実益が生まれるためのきっかけも、いろいろとつくれそうですね。たとえば、社内のSNSやチャットツールで誰かが個人的な学びの成果について投稿したら、皆でリアクションをするとか。社員で集まって、仕事に関係なく得意なこと、最近学んでいることをシェアし合うイベントをやったりするのもいいかもしれません。

黒田

その上で、最終的にはやっぱり「学んだ分だけ稼ぎが増える」状態にしていくのが、定着を目指す仕掛けづくりでは最も重要かなと感じています。学んだことで業務量ばかり増えてしまっては逆効果なので、それが確実に報われる仕掛けをデザインしたいです。

 

そういう観点でいうと、見える化された学びが社内だけでなく社外にも共有されて、もっと副業の機会が生まれたりするとよさそうです。社内で社員同士が仕事をつくりあっても、そこでプラスオンの報酬を発生させることは難しいので。

     

個人の学びを本気で奨励していくのならば、それが実益につながる道を閉ざさないようにする。そのためには「副業を仲間同士で斡旋(あっせん)し合うこと、そうした学びを生かした副業を会社が認めること」が、大きな効果を生み出すように思えてきました。

米山

そうですね。もちろん別の論点で、ちゃんと仕事の遂行能力があるかという点を確かめることは重要です。それを踏まえつつ、副業も含めて金銭に結びつく部分で学びを評価していくことが、最もわかりやすく強固なインセンティブとなるのは、間違いないと思います。

     

学びに紐づく個人の満足、他者からの称賛、実務上の成果——現場レベルでの工夫でこうした要素を満たしつつ、合わせて全体のシステムに関わる人事評価や組織編成のロジックも、学びをポジティブに捉えていくようなものに改めていけると理想的だと思います。前半でお話しした通り、組織に新たな文化を根付かせるには、「関わりのあるボタンをいっぺんに押すこと」が不可欠ですから。

黒田

その視点も忘れないように心がけていきます。自分の中での学びの満足のサイクルが回りつつ、学びがきっかけとなって望ましい仕事と稼ぎが、身近な関係から小さく生まれ続ける……見える化した学びを生かしてそういう状態をつくれたら「誰もがつい学んでしまう環境」にかなり近づきそうだなと、米山さんとディスカッションしたおかげでイメージが湧いてきました。

 

本日は貴重なお話、本当にありがとうございました!

学びに向かうための「太陽」のアプローチを仕掛けたい

幼少期から大好きな本にイソップ寓話『北風と太陽』があります。北風の行動を見ながら「間抜けだな」と思って、皆さんも読んでいたんじゃないかなと思うんです。でも、大人になってさまざまな人事周りの取り組みの事例を見ていると、知らぬ間に北風のようなアプローチになっているものが多そうだな……などと感じてました。

 

今回米山さんとの対話から紡ぎ出された「学びの満足のサイクル:学ぶ→できるようになる→成果が出る→頼られる・任される→楽しい→だからもっと学ぶ循環デザイン」とは、まさに『北風と太陽』における、太陽のアプローチだなと感じています。

このサイクルを回す起点になる「副業を仲間同士で斡旋しあう」点について、今日ではまだまだ一般的ではありません。米山さんとお話する前の「つい学び続けてしまう仕掛けをどうデザインする?」という問いは、対話を通じて「どのように副業を斡旋しあう環境を一般化するか?」という問いに深化したな、と手応えを感じています。この新たな問いに対する僕なりの解を本業の中で探求して、社内の制度として実装を目指していきたいと思います。

 

皆さんは「つい学び続けてしまう環境」をつくるために、くらしの中でどんな工夫ができそうだと感じましたか? 記事の感想とともに、ぜひ「#食べるように学ぶ」をつけてシェアしてください。

『q&d』編集部が問いと対話をより深めていくq&dラヂオでは、経済産業省の米山 侑志さんとのお話しを振り返りながら強制されずともつい学び続けてしまう環境をつくるには、何が必要なのかについて、改めて考えました。

Photo by 加藤 甫

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