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すべての人と「一つのストーリー」を共有し、新しい価値観をつくる——
地域材活用プロジェクト「ATENOTE」に見る、
「推される力」の生み出し方

Ethical Consumption

すべての人と「一つのストーリー」を共有し、新しい価値観をつくる——
地域材活用プロジェクト「ATENOTE」に見る、
「推される力」の生み出し方

最近巷で話題の「推す」という行為。人やモノ、あるいはサービスなど、さまざまなものに向けられる「推したい」という感情は、果たしてどこから生まれてくるのでしょうか。もし、より多くの人のこの感情が、地球環境や「誰か」の未来に寄与するエシカルな製品に向けられるようになれば、私たちは一歩よりよい未来に近づけるはず——そんな考えのもと、「推す力」を呼び起こすモノづくりについて考えます。

フルタニランバー株式会社 代表取締役社長
古谷 隆明

2019年、フルタニランバーの5代目社長に就任。コロナ禍に伴う世界的な木材価格の高騰「ウッドショック」など世界情勢が大きく変わっていく中、木材業界の変革にいち早く着手し、在庫管理におけるIoTの導入、独自の高速木材乾燥技術「woodbe」の展開、能登ヒバをはじめとする地域材への取り組み等を行う。

また、内装のリフォーム職人を育成する学校「ハウスリフォーマー育成学校」を運営し、今の時代における社会課題の解決にむけた事業を積極的に展開している。

q&d編集部
好田 慎一

兵庫県出身。半導体企業を経てパナソニックに入社。半導体の研究開発から商品設計を経て、現在は広報担当。趣味として、三味線・お箏・尺八の演奏会の企画やライブ配信を行っている。

目次

「買って応援したい!」を生み出すのは何か

購買するものを決定する際の選択理由は人それぞれだと思います。「安いから」「質がいいから」「環境負荷が低いから」……さまざまな理由が考えられますが、「応援したい」、最近よく聞くようになった言葉で言えば「推したいから」という理由も、その一つではないでしょうか。

 

私自身、クラウドファウンティングを利用することがあり、その際には「推したい」と感じる商品に出会うことがあります。そして、その「推したい」という気持ちが生じるか否かは、価格や品質とは別の基準があるように感じられるのです。

 

では、そんな「推したい!」という気持ちはどこから生じているのでしょうか。応援したときに得られるリターンの魅力、プロダクトが生み出された背景や生産者が持つ思いへの共感からでしょうか。

 

もし、消費者としての私たちが持つ「推す力」、つまりは「買って応援する力」が、地球や誰かの未来に貢献するエシカルな製品に、現在よりさらに向けられるようになったとき、よりよい未来は少し近づくのではないかと感じています。

 

どんな製品が「推される力」を持ちうるのかを考えることは、未来のためのモノづくりと消費を考えることにつながるのではないでしょうか。そんな考えから、最近私が心から「推したい!」と感じた製品を生み出している方にお話をうかがいました。

 

訪れたのは、石川県金沢市にあるフルタニランバーという企業です。木材の加工流通業を展開する同社の代表取締役を務める古谷隆明さんは、地元で生産される木材である「能登ヒバ」を楽器に活用するプロジェクト「ATENOTE」を立ち上げ、その推進に注力されています。

 

古谷さんが「ATENOTE」に込めた思いと、プロジェクトの軌跡をうかがうことを通して、エシカル消費を生み出す「推される力」の源泉を探ります。

林業を守ることは、地球環境を守ることにつながる

好田 慎一(以下、好田)

本日はよろしくお願いいたします。「ATENOTE」を知ったとき、心から「推したい!」という気持ちが湧いたんです。今日は「ATENOTE」について詳しく教えていただくことで、なぜ私が「推したい!」という気持ちを抱いたのかについて考えていきたいと思っています。

古谷 隆明さん(以下、古谷)

それはとても嬉しいですね!よろしくお願いします。

好田

まず、「ATENOTE」がどのようなプロジェクトなのか、簡単にご紹介いただけますか?

古谷

地元で生産される木材である「能登ヒバ(アテ)」を活用して、さまざまな楽器メーカーとタイアップして楽器を製作することで、 人と自然をつなぐことを目指すプロジェクトです。

「ATENOTE」のラインナップの一部(「ATENOTE」ホームページより)
好田

なぜ、木材の流通加工業を営む御社が「ATENOTE」を立ち上げたのでしょうか?

古谷

理由はさまざまですが、最大の理由は木を用いたプロダクトづくりの最上流、つまり林業を盛り上げたいと思ったからです。かつて、日本の木材は自給率が90%を超えていたのですが、安くて質のいい外国材が入ってくるようになったこともあり、自給率はだんだんと減ってしまいました。その結果、林業を営む会社の仕事がなくなってしまったんです。

 

最も自給率が低かったのは2002年で、18.8%まで下がりました。その後、国産材の需要は回復したものの、需要が減った時期に林業を営む企業が人を採用できなかったため、人手不足という大きな課題が残った。国産材を使おうにも、それを切り出す人手が足りてないわけですね。

 

また、日本の森の7割は民有林なので、親から子に継承されていきます。しかし、継承したものの手入れをしようにもその方法がわからず、誰かに任せようにも任せられる人がいないことから、放置される森が増えています。

好田

放置される森が増えているということは、木が伐採されないということですよね。昨今、世界的なテーマになっている「CO2の削減」にとっては、いいことなのでは?

古谷

そうとも言い切れないんです。というのも、間伐をしなければ木々に栄養が行き届かず枯れてしまいますし、老木になると光合成の効率も落ちてしまうため、結果的にCO2削減にはつながりません。また、間伐不足は土砂崩れの原因になることも。しっかりと人の手を入れて、森の循環サイクルを守っていかなければ、地球環境や私たちの生活に悪影響を及ぼしてしまうんです。

 

ご存じのように、CO2の増加は地球環境に甚大な悪影響をもたらしており、状況はすでに「待ったなし」ですよね。木材業界の川上を盛り上げ、その担い手を増やすことは、日本、ひいては世界の環境を守るためにも不可欠なことだと考えています。

好田

「ATENOTE」のどのような要素が、林業の担い手を増やすことにつながるのでしょうか?

古谷

「川上と川下をつなぐこと」です。言い換えれば、林業関係者に「切り出した木材が何に使われるのか」を伝えることが重要だと考えています。基本的に、林業関係者は切り出した木材が何に使われるかを知りません。つまり、林業関係者は「何のためにこの木を切っているのか」を理解していないまま仕事をしている。

 

でも、自らの仕事が「誰にどのような価値を提供するのか」を知らなければ、モチベーションは続かないと思うんです。私たちは、川上と川下、すなわち、さまざまなプロダクトをつくるメーカーをつなぐ役割を担う会社として、「何のために木を切るのか」を明確にする必要があると思いました。そこで、楽器メーカーの協力を得て、楽器をつくるプロジェクトを立ち上げたんです。

一本一本の木が持つストーリーを伝える

好田

なぜ楽器だったのでしょう?

古谷

できるだけ多くの人にとって、身近なプロダクトをつくりたいと思ったからです。というのも、しっかりと「川上と川下をつなぐ」ためには生活者を含めて川下を担う方々に、もっと木のことを知ってもらわなければならないと思いました。

 

そのためには、木のことを知ろうと思うハードルを下げなくてはなりません。地元で育った木材を楽器という身近なプロダクトに使用することを決めたのは、そのハードルを下げるためでもあるんです。

好田

たしかに、「この家の建材には地元の木が使われているんだよ」と言われても、ぴんと来ないかもしれませんが、実際に触って演奏できる楽器であれば、関心が向く気がします。

古谷

木は生活の中に溶け込んでいるものなので、そこに意識を向けることってあまりないじゃないですか。たとえば、楽器店の販売員の方であれば、比較的木材に意識を向ける機会が多いと思います。

 

それは、お客様に「この木でつくられたギターは、こんな音が出る」と説明する必要があるからですが、それでも「その木がどこでどのように生長し、どのようなプロセスを経てここにあるか」までを知る人は少ないはず。

 

木は生き物なので、一本一本に個性と物語があります。木材を用いた製品の売り手のみなさんにも、もっと木が持つストーリーや価値を知ってもらうことによって、より需要が喚起されると思っています。

好田

私は趣味で三味線を弾くんです。三味線を買うときに「この三味線に使用されている木が、どこでどのように生きてきたのか」を知ると、強い愛着が湧く気がします。それが「推したい」という気持ちにもつながっているのかもしれないと思いました。

 

古谷さんは「ATENOTE」というプロジェクトを通して、林業関係者のみなさんに「木がどのような製品に使われるのか」を伝え、メーカーや小売店のみなさん、あるいは生活者に対して「製品に使われている木はどこからやってきたのか」を発信している。言い換えると、林業関係者から小売店の販売員や生活者まで、一本の木に関わるすべての人と一つのストーリーを共有しようとしているわけですね。

「ATENOTE」には三味線もラインナップされている。従来、三味線に使用されていたのは紅木、紫檀、花梨が主流だったが、能登ヒバを使用した三味線はそれらの材と比べ軽く、長時間の使用に適している。独特の抜けがいい音色と、丈夫で湿気に強い点も特長。
古谷

その通りです。生活者に木のことを知ってもらうために、私たちは「木育」、つまり木に関する教育にも力を入れているんです。子どもたちに「木を切ることは悪いことでしょうか」と問うと、8割の子が手を挙げます。でも先ほど言ったように、それは誤解なんですよね。

 

もっと多くのみなさんに、木の良さやストーリーを知ってもらい、需要を喚起したい。そして、それは同時に地域の山や森を守る担い手を育てることにもつながると思っています。

「エシカルである」だけでは、よい未来をつくれない?

好田

この取り組みを軌道に乗せるまでに、どのような苦労がありましたか?

古谷

いい楽器をつくることですね。収益を上げることを目標にしている取り組みではありませんが、みなさんに手に取ってもらえなければ、林業を盛り上げるという目的は果たせません。楽器を演奏する方々に「ATENOTE」を選んでもらうためには、林業の活性化、ひいては地球環境の改善につながることを知ってもらうだけでは不十分で、質のよいプロダクトをつくらなければなりませんでした。

好田

地球環境の未来に貢献すること、つまり「エシカルな選択であること」と、楽器としての質を両立させなければならなかった。

古谷

そういうことです。というのも、能登ヒバは暴れん坊な木で、ねじれながら育つんですよ。丸太として製材した際にも、若干のねじれが生じてしまうので、楽器のような繊細なプロダクトには向いていないと考えられていました。実際、そのことを理由に製作を断られたこともあります。

好田

たしかに、いくら地球環境にとっていいものでも、時間が経つと演奏できなくなってしまう楽器を買おうとは思えないですし、楽器としては「推したい」と思えないかもしれないですね。

古谷

この問題を乗り越えない限り、「能登ヒバを活用して楽器をつくる」という「ATENOTE」の根本的なコンセプトは成立させられなかった。そこで、私たちは独自の加工技術を駆使して、能登ヒバを楽器にも活用できるようにしたんです。その結果、多くのメーカーからの協力を取り付けることができました。

エシカルな製品を受け入れてもらうために、「新たな尺度」を生み出す

好田

さまざまな工夫をこらすことによって、楽器としての質も担保することが重要なんですね。

古谷

そうですね。しかし、それぞれの楽器のいわゆる「最高級品」と同じような音色を奏でる楽器になるわけではありません。たとえば、三味線は紅木(こうき)と呼ばれる木材を使ったものが最高級品だとされていますよね。

 

能登ヒバでつくった三味線は、紅木でつくったそれと同じ音を鳴らすわけではありません。しかし、能登ヒバの三味線が奏でる音色にも独特のよさがあります。それは能登ヒバという木材が持つ個性やキャラクターの表れでもある。その個性も能登ヒバという木材が持つストーリーの一部だと考えているので、楽器メーカーさんに伝えた上で共に楽器をつくっていきたいと考えています。

好田

「いい三味線とは、こういう音を鳴らすものだ」という考えがあると思うんです。でも、それは固定観念なのかもしれないですね。能登ヒバの三味線は、これまでの最高級品と比べたら“劣る”のかもしれません。でも、それはこれまでの尺度で比較した場合の話です。

 

楽器に限ったことではないかもしれませんが、これまで“よし”とされていたものとは、また別の“よさ”を生み出していくことが、エシカルな製品を広げていくためには重要なのかもしれません。

古谷

おっしゃる通りですね。楽器の話ではなく、家具の話になってしまうのですが、別の“よさ”を生み出したと言えそうな例を一つ。クマがひっかいて傷をつけた木を「くまはぎの木」と言うんです。そういった木は傷口から腐っていってしまうし、見た目も悪いということで家具などには使用できず、捨てるしかありませんでした。

 

せっかく育てた木が売り物にならず、林業関係者たちが頭を悩ませていた。そこで、僕は加工を施した上であえてその傷をデザインとして生かし、家具に利用することにしたんです。そうすることによって、これまで捨てるか薪にするしかなかったくまはぎの木の新たな活用法が生まれました。

「くまはぎの木」を加工した、実際の木材。くまが傷を付けた箇所には、合成樹脂が流し込まれている
好田

環境への配慮という意味でも、林業への貢献という意味でもエシカルな製品と言えると思います。「傷一つない、美しい板こそが家具に適している」という価値観からは生まれ得ない発想だと思いますし、まさに新しい“よさ”を生み出した例だと言えますね。

森に循環を取り戻し、「目に見える成果」も生み出す

好田

これまでお話をうかがってきて、私自身が「ATENOTE」を「推したい」と感じた理由を言語化できた気がしています。プロダクトのベースになっている木が持つストーリーをさまざまな人々と共有し、その上でプロダクトとしての「新たな尺度」をつくり上げている。それが、私を含めた多くの人に推される理由なのかもしれません。

 

最後に、プロジェクトの現在地と、これからの展望をうかがえますでしょうか?

古谷

第一章が終わり、第二章に突入したのが現状だと考えています。第一章は、とにかく試作を繰り返し、林業や地球環境に寄与することと、楽器としての質を両立させるプロダクトを完成させるフェーズでした。そして、このフェーズはクリアできたと思っています。

 

第二章は、「ATENOTE」をより多くの人に知ってもらうフェーズです。最近のトピックとして、とある国内最大手の楽器小売店に「ATENOTE」のプロダクトを取り扱っていただくことが決まりました。より多くの方に「ATENOTE」に触れ、私たちの思いを知っていただくことを期待しています。

 

また、その小売店は楽器の売上の一部を森林保護団体に寄付する取り組みを行っており、「ATENOTE」の売上の一部も寄付されることになったんです。とてもいい循環が生まれてきていることを実感しています。

好田

その小売店のみなさんも、古谷さんの想いや「ATENOTE」のコンセプトに触れ、「推したい」と感じたからこそ、取り扱いを決めたのだろうと想像します。そんな「ATENOTE」が持つ「推される力」は、直接的にも間接的にも、森林の未来を守ることにつながっているのですね。

古谷

そう言っていただけると嬉しいです。ゆくゆくは、より目に見える形で林業の活性化に寄与したいと考えています。具体的には、私たちが本社を置く石川県は「林業従事者を900人までに増やす」という目標を掲げているものの、現状ではその半分にも届いていないんです。

 

「ATENOTE」をきっかけに、林業に興味を持ってくれる方を増やしたいと考えています。そうして、「林業従事者数の増加」という定量的な成果につなげていきたいですね。

「ストーリーを共有すること」を起点に、新たな価値が生まれる

インタビューを通じて、「ATENOTE」は能登ヒバという木材が持つストーリーを多くの人と共有することによって、一つの生態系を生み出しているように感じました。そして、「ATENOTE」を「推すこと」によって、生活者としての私たちもその生態系の一部になれるのではないかと感じました。

 

また、「木は生き物である」という当たり前の再発見もありました。家電などのモノづくりでは、いかに同じモノをつくり、品質を維持するかが重視されます。木材をただの「材料」として見てしまうと、「同じ品質を生み出せない材料=粗悪品」になってしまう。しかしこれは、あくまでも「一つの見方」でしかないのかもしれません。

 

生き物である木は、一本一本違うものであり、それぞれが違うストーリーを持っている。そのストーリーによって、川上から川下までをつなぐことによって、「ATENOTE」は新しい価値観を提示しているように感じます。

 

そして、共有されたストーリーと新しい価値観は、「ATENOTE」に多くの人から「推される力」を与えたのではないでしょうか。生産者と生活者、そのどちらかだけにとって都合のいいストーリーは、その力を生まないのではないかと感じます。

 

これは木材や、木材を使ったプロダクトだけに言えることではないでしょう。そのモノに携わるすべての人が共感し、喜び合うことができるストーリーを、深い洞察と未来への願い、そして自社が持つ技術によって編み上げ、それを共有すること。それが、未来へとつながる「エシカルな消費」を生み出すのではないでしょうか。

みなさんは、どんな商品・サービスを「推したい!」と感じますか?ぜひ、本記事の感想と共に、「#欲しいとエシカルのあいだ」を添えて投稿してみてください。

『q&d』編集部が問いと対話をより深めていくq&dラヂオでは、石川県金沢市で林業を守る取り組みをされているフルタニランバーさんを訪ねたときのことを振り返りながら、消費のチカラでエシカルな行動を広げていく可能性について、改めて考えました。

photo by 進士 三紗

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