QUESTION & DIALOG QUESTION & DIALOG
Lifestyle for Planetary Good

地球にもやさしい美味しい食事とは?
大山貴子さんと考えるサステナブルな食生活

食にまつわる環境課題は山積みだけど、食生活の質は犠牲にしたくない……。食の魅力を存分に堪能しながら地球にもやさしく暮らすためのヒントを、くらしに根付いた循環型社会を目指す大山貴子さんと共に考えました。

持続可能な食の探究者
大山貴子

ニューヨークにて新聞社、EdTechでの海外戦略、編集&ライティング業を経て、2015年に帰国。 日本における食の安全や環境面での取組みの必要性を感じ、100BANCH入居プロジェクトとしてフードロスを考える各種企画やワークショップ開発を実施後、サーキュラーエコノミーの実現を目的としたデザインコンサルティング会社、株式会社fogを創業。2021年10月、オープンしたキッチンやリビングラボを兼ね備えた施設「循環する日常をえらぶラボ"élab"(えらぼ)」を東京都台東区にオープンさせ、暮らしにおける循環の実践を行っている。

q&d編集部
松島茜

愛知県出身。大学在学中にフリーペーパー制作とドイツ留学を経験。名古屋大学文学部を卒業後パナソニックに入社し、さまざまなイベント、セミナー企画に携わる。子どもの頃から食分野に興味あり。週末にはパンを焼く。

目次

「食べたいものを好きに食べる」って、これからはダメになるの?

おいしくて手軽で楽しい食事は、いつも私を元気づけてくれます。コンビニやスーパーには常においしいお惣菜やスイーツが並び、レストランで世界中の食材や料理を味わうこともできる――豊富な商品やサービスが食のさまざまな望みを満たしてくれる生活は、一度慣れてしまうと手放せないほど魅力的です。

 

一方、ここ数年は特に、ニュースなどで食にまつわる環境負荷の話題が取り上げられることが多くなったなと、個人的に感じています。家畜が環境に与える影響や、食品の製造・運搬過程でのCO2排出、フ―ドロスや過剰包装――多くの問題を目にするたびに、「今の自由気ままな食生活でいいのだろうか?」と不安になる瞬間があります。

 

環境よりも “欲求“を優先して、食べられる範囲で食べたいものを選ぶことは、今後タブー視されるようになるのでしょうか? 自分や家族のこと、地域のこと、地球のこと、ぜんぶ大切にしていきたいけれど、配慮する対象が増えれば増えるほど、何を選び食べるのが正しいのか、分からなくなっていきます。

 

環境に配慮しつつも、自分がモヤモヤを感じることなく、心から満足できる食事とは?

 

この問いの答えを見つけるべく、循環をテーマにした複合施設「élab(えらぼ)」の立ち上げ・運営に携わる株式会社fog代表の大山貴子さんにお話を伺いました。

日本人の食の意識は「消費」にばかり向かっている

ドイツのフライブルクは、世界有数の環境先進都市として知られる街。大学時代、フライブルクに留学をしていた私は、レストランや学食、スーパーなどにも自然環境に配慮した食材が豊富に提供されている様子を目撃しました。それは、日本ではあまり見たことのない光景でした。

 

自国とのギャップに驚くとともに、私はある疑問を感じました。日本には豊かな食文化があり、食を大切にする気持ちは強いのに、食事が環境や社会に与える影響について考える機会が少ないのはなぜだろう――その問いに対し、大山さんは「日本人の食への意識には、ある種の偏りがあるのではないか」と指摘します。

大山貴子さん(以下、大山)

日本人の食に対する意識は、食の「消費」の過程へのこだわりという点では確かに高いと言えるのかもしれません。しかし、消費に至るまでの「生産」の工程に関しては、知ろうとしない、介入しないという傾向があるように感じています。

 

わたしは以前ニューヨークのブルックリンに住んでいたんですが、そのときの買い物先であったスーパーでは、販売されているお肉は、どのような環境の下、どのような飼料で育てられたのかという情報が開示されていました。一方、日本では産地のみしか分からない場合が多いと思います。

食材に関する情報が目の前にあれば、その食材を選択することの意味を考えるきっかけが生まれます。今回の「特集に寄せて」のゲスト、キクチシンさんのお話の中にも、「環境問題に取り組むには一人ひとりが『もっと知ろう』『もっと関わろう』という主体性を持つことが重要だ」という言葉がありました。食材がどこから来たのか、さらにその背景に目を向けることは、地球にやさしい食生活を目指す上で大切な点であると言えそうです。

大山さんは続けて、「ブルックリンの場合、市民のある特徴が、食の循環に良い影響を及ぼしているのではないか」と語ります。

大山

わたしがブルックリンで感じた一番の特徴は、地域を盛り上げようという住民の思いがとても強いことです。ブルックリンのことが好きだから、自然と“メイド・イン・ブルックリン”のものを選ぶようになる。環境のために良いことをしているというよりも、地域に対する誇りの強さが、そのまま環境意識の高さにつながっているんです。

 

くらしとローカルが結び付いているからこそ、周囲の環境を大切にすること、今あるものを未来につないでいくことに対しても意識が高くなるのではないでしょうか。

自分のくらし、住んでいる地域、そして地球。それらを一続きに捉えるという発想は、私にとって目から鱗でした。確かに、近隣で採れた食材を選んで食べることは、結果として輸送にかかるCO2排出を減らすことになり、環境保全につながります。

 

「地産地消」という概念は知っていますが、それが、大山さんのお話に出てきたような「地域愛」とつながることで、グッと手触り感のある行為になるなと感じました。漠然と「地球のために何かしなくちゃ」と意識するよりも、身近なご近所に目を向けるほうが、自然な行動変容につながりそうです。

命のコストに、思いを馳せよう

現在は日本で循環型社会の実現に向けて、企業や自治体と共にプロセス設計、コミュニティ開発などに取り組む大山さん。活動する中で、ある課題意識に気づき始めたそうです。

大山

今の世の中の動きを見ていると、SDGsやサステナビリティ、サーキュラーエコノミーなどの言葉が先行するばかりで、社会としてのゴールが示されていない場面が多いように感じます。

 

SDGsという言葉を掲げた商品を発することがゴールなのではありません。最終的に目指すべきことは「社会をつくること、社会を続けていくこと」。企業や自治体を対象に、サーキュラーエコノミーや循環型社会についてのコンサルティングをする時はいつも「最後には全て社会に接続する」という話をしています。

 

また、日本の都市部で行われている循環型社会の取り組みの多くは海外発想だと感じていました。日本のくらしに合ったサステナブルな社会のあり方を、新たに築いていく必要があると考えていたんです。そのような想いから、くらしの中に自然な形で循環を取り入れるための実践拠点として、2021年に「élab(えらぼ)」をオープンしました。

「循環する日常をえらぶラボ"élab"(えらぼ)」。2021年10月、東京都台東区にオープン
大山

élabが目指しているのは、食事やシェフとの会話などの自然な行動を通して、自分の目線で未来に続く循環を意識してもらえるようなスペース。そのために、あえてSDGsやサステナビリティなどの用語を使わず、生活者のくらしの中に自然に溶け込むような場にしようと思いました。

私自身も企業のコミュニケーション活動に携わる中で、SDGsやサーキュラーエコノミーといった言葉のみが先行する状況には違和感を持っていました。環境に良い商品やサービスを提供することももちろん大事ですが、根本的に社会を変えていくには生活者の考え方そのものを変えていくélabのような取り組みが必要だと感じます。

大山

確かに、日本には安くてもおいしく食べられるお店や商品がたくさんあるかもしれません。しかし、食べ物が安いことほど怖いことはないと、わたし自身は思っています。どれだけの労力や時間をかけてその食材が作られたのか、その一つの命に対するコストを考えてみることで、また違った視点が得られるのではないでしょうか。

 

良いものを「食べる」ことだけにこだわりを持つのではなく、食のサプライチェーン全体にも意識を向けることで、わたしたちのくらしは、より豊かになるのではないかと思います。

都市部で生活をしていると、いつでも手軽にさまざまな料理を食べられるという豊かさがある反面、食材や産地に対しての意識が遠のいていく感覚があります。今食べているものは一体どこから来たのか、どれだけ多くの人の労力が詰まっているのか——少し想像してみるだけで、毎日の食事の数十分間が、これまでと全く違う体験になりそうです。

食の優先項目は「おいしい」であるべきーー大山さんの食生活を体験してみた

大山さんが仰っていた「食材が消費されるまでの背景に目を向ける」という視点は、くらしを捉え直す新たなヒントになりそうです。しかし、この視点を今の自分の食生活にどう生かしていけばよいか、うまくイメージが浮かびません。そこで、具体的な行動のヒントを得るために、「地域とのつながりを大切にしながら暮らしている」と語る大山さんの日常の食生活をのぞかせてもらいました。

某日、東長崎(東京都豊島区)にある大山さんのご自宅を訪問。大山さんが普段からよく食べているというサンドイッチを一緒に作ることになりました。まずは近所のカフェにパンを買いに出かけます。

いつも専用の袋を持参して、カットしたパンを直接入れてもらうとのこと。お店には地域の人が大勢集まっていて、地域コミュニティの温かさが感じられました。

いったん自宅に戻り、ボウルを片手にまた外に。マンションに住む皆さんが共同で世話をしている家庭菜園からも食材を調達します。

誰が、いつ、どれだけ食べても良いというルールになっているそうです。多くの種類の野菜を育てられるのも、共同で管理する家庭菜園ならではの良さだと感じました。

共同管理する家庭菜園の野菜とご自宅の庭で育てたレモン

サンドイッチのメイン食材は、東京都青梅市にあるオーガニック農家「ome farm」から購入した野菜。ome farmは、大山さんが数年前から家族や仲間とともに農作業の手伝いに通っている農家さんで、élabのキッチンラボでもこちらの野菜を提供しています。もとよりフードマイレージ(食料の量や輸送距離を意識して消費することで、環境負荷を減らしていこうという市民運動)の一環としてお店で取り扱い始めたのですが、その美味しさに心をつかまれて、今では自宅で食べる野菜もこの農家さんから仕入れているそうです。

オーガニック農家「ome farm」から購入した野菜
ニンジンとカブをオリーブオイルでソテーし、塩と胡椒で味付け
大山

無農薬だから食べているというより、おいしい野菜がたまたま無農薬だったんです。サステナブルな食事にたどり着く人たちも、誰もが初めからすごく高い環境意識を持っていたわけではないはず。この野菜のように、こだわりをもって作られたおいしい食材を食べてみるというのも、自分の食の選択を見直すきっかけになると思います。

おいしさを追求していく中でさまざまな選択肢に触れ、食材についても深く知るようになる。これはまさに「自分にとっての満足」と「食の未来」の良い循環であると感じました。何も考えずに食べるより、もちろん時間も手間もかかりますが、長い視点で見ると、自分にとって豊かなくらしを目指すための大切な一歩だと思います。

サンドイッチに合わせるソースにも、食材をよりおいしく無駄なく食べる工夫が詰まっていました。ニンジンの葉をペースト状にしたものに、昨日の残りのバーニャカウダソース、味噌、マスタード、庭で採れたレモンの果汁を混ぜていきます。

ニンジンの葉で作ったソースと共に食材をサンド
ニンジンの葉で作ったソースと共に食材をサンド
ニンジンの葉で作ったソースと共に食材をサンド

近隣で採れた食材を使った特製サンドイッチが完成しました。大山さんと一緒に頂きます。

一口食べて、びっくりしました。野菜とは思えないほどの満足感があり、食べると自然に笑顔になるようなおいしさです。

大山

サステナブルな社会を目指すことはもちろん大切ですが、食を選ぶ理由はいつも「おいしい」であるべきだと思います。最近の傾向を見ていると、おいしさとサステナブルの優先順位が逆になっているように感じることがあります。

 

どのような選択している人も「おいしいものを食べたい」「良い食事を続けていきたい」という目標は同じだと思うんです。何を選んでいるかよりも、その選択肢が持っている意味が明示されていることが重要ではないでしょうか。その食が通ってきた背景を知った上で選ぶのと知らずに選ぶのでは、同じ行動でも意味が全く異なると思います。

環境にやさしい食生活のためには、意識を高く持たなければいけない――そのようなイメージを勝手に抱いていた自分からすると、「おいしい」を最優先するべきという大山さんの言葉には勇気づけられました。

「100%環境に良いくらし」なんて存在しない

メディアやSNSで目にする“環境に配慮した”生活の中には、食べる食材を厳しく制限しているなど、たくさんの我慢が必要だと感じてしまうものもあります。私も自分の生活を大きく変えることには抵抗を感じ、なかなか取り入れようという気持ちになれませんでした。中途半端になるなら、やっても意味のない行動になってしまうのではないか。そういった思いに対して大山さんは、「何か一つ変えてみる、それだけでも重要なことだ」と語ります。

大山

行動や判断基準はゼロイチじゃないほうが良いと思います。100%環境に良いことをしようなんて、そんな責任を負う必要はありません。そもそも100%環境に良いと言えるものなんて、現代の人間社会には存在しません。具体的な行為はなんでもいいので、まず何か一つ変えてみるだけで十分だと思います。

 

ペットボトルのお茶を買う代わりに好きな紅茶を淹れてみたり、国産小麦の食パンを選んでみたり、自分が始められることからでいい。そこからまた別のところにも意識が及んで、次の行動につながっていきます。人って、そういう生き物ですから。

毎日の食を変えることは、多くの人にとって簡単なことではありません。しかし、食の背景に目を向け、知ろうとすることは、わたしでもすぐにできる一歩です。「毎日はできなくても、たまに違う選択をしてみる」「将来少し余裕ができたら、こんな食生活に変えていきたい」そういった姿勢を持つだけでも、少しずつ地球と自分にやさしいくらしに近づいていくのかもしれません。

大山

バズワードをむやみに使うことや、こうすべきであると断定することは、自分や社会の首を絞めていきます。私たちは皆、アクティビストである前に、一人の生活者であり労働者です。身近な経験を大切にしながら、常にしなやかであり続けることが大切ではないでしょうか。

メディアや周囲の言葉を鵜呑みにせず、単一の言葉やルールで断定をしないこと。経験を積み重ねる中で、それぞれが自分の自然体に合った方法を見つけていくこと――それらが大事だという大山さんの言葉に、私は深く共感しました。

大山さんとの対話から得た気づきは、「おいしいものを食べたい」という気持ちと「地球にやさしい」ことは対立するものではないということです。

 

これまで、自分は価格や手軽さを優先して食材を選ぶことも多くありました。これからは「自分の優先項目はそれでよいだろうか」「自分がくらしの中で大切にしたいことは何なのか」と問い直しながら、一つ一つの選択を大事にしていきたいです。

 

食べることは一瞬の消費活動ではなく、自然とのつながりを感じることのできる、最も身近で大きな経験です。まずは身近なところから、今週末、自分が暮らす地域で採れた野菜を買いに行きたいと思います。

この記事が、あなたの食生活をより豊かにするきっかけになってくれたらうれしいです。もし「私も身近なところから、こんなことを変えてみたいな」と思いついたことがあったら、ぜひTwitterで #今日キッチンでできること を付けて、シェアしてみてください!

『q&d』編集部が問いと対話をより深めていくq&dラヂオでは、持続可能な食の探究者、大山貴子さんを訪ねた時のことを振り返りながら、食の魅力を存分に堪能しながら地球にもやさしく暮らすためのヒントについて、改めて考えました。

Photo by 加藤 甫 および提供写真

  • 記事へのコメント

    Leave a Reply

コメントの投稿が完了しました。

記事へのコメントは必ずしも
表示されるものではありません。
ご了承ください。

閉じる

Lifestyle for Planetary Good 地球とわたしに
やさしい日々の過ごし方

  1. 家庭から世界につながり、子どもたちが多様な豊かさを知る。
    「つながる地球儀」に込められた想い

    ゲスト:「つながる地球儀」亀川豊親/山田朋子
  2. 心理学の「環境配慮行動」から考える、自分の環境意識を行動につなげる方法

    ゲスト:社会心理学者 今井芳昭
  3. 時間とともに育まれる価値とは?
    「経年変化」から考える“もの”との付き合い方

    ゲスト:デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター ナガオカケンメイ
  4. 環境問題を「自分ごと」に引き寄せるには?
    半径5mの自然との向き合い方

    ゲスト:「RE:CONNECT」代表 伊勢 武史
  5. 「地球とわたしにやさしい日々の過ごし方」特集に寄せて

    ゲスト:いきものカンパニー代表取締役 キクチ シン

questions questions

他の問い