QUESTION & DIALOG QUESTION & DIALOG
Lifestyle for Planetary Good

環境問題を「自分ごと」に引き寄せるには?
半径5mの自然との向き合い方

地球温暖化、海洋汚染、森林破壊……ニュースなどを通してその深刻さは知りつつも、どこか遠い国のこと、ひとごとのように思えてしまう環境問題。どうしたら、それらをもっと自分ごととして捉えて、環境に配慮した行動ができるようになるのか、生態学者の伊勢武史さんと一緒に考えてみました。

「RE:CONNECT」代表
伊勢 武史

森里海連環学教育研究ユニット 研究プログラム長・京都大学 フィールド科学教育研究センター 准教授

ハーバード大学大学院 進化・個体生物学部修了(Ph.D.)。独立行政法人海洋研究開発機構特任研究員、兵庫県立大学シミュレーション学研究科准教授を経て、2014年より現職。専門は森林生態学とコンピュータシミュレーション。地球温暖化から人類の進化まで、人と自然の関わりを考えることをライフワークとする。

主著に『学んでみると生態学はおもしろい』(2013)、『生態学者の目のツケドコロ』(2021)など。

q&d編集部
千葉 渉平

アメリカで産まれた後、小学生時代はシンガポールで過ごす。早稲田大学数学科卒業後パナソニックに入社し、宣伝業務を担当。主にBtoB製品のマーケティング支援やメディアプランニングに取り組む。趣味はゲームと3DCG制作。

目次

環境問題、深刻だってわかってはいるけれど……

皆さんは昨今の環境問題について、どんな印象をお持ちでしょうか。私は、今まで学校で習ってきたことや、最近見聞きしたニュースなどの情報から「環境問題は深刻である、このままではいけない」と認識はしています。

 

けれども、恥ずかしながら実際はそう思っているだけで、積極的な行動には移せていないなと感じています。「地球にやさしいことをしたほうがいいよなあ」と思いつつも、普段の生活では、自分にとって便利な、快適な選択肢を優先してしまいますし、環境保全のための活動に参加しているわけでもありません。

 

意識はあっても、なかなか行動に移せない。それはなぜだろうと考えてみると、環境問題を「ひとごと」のように感じているからかもしれません。世界規模の環境の危機に対して、自分ひとりが何か気をつけて行動しても大した意味はないだろう……そんなふうに思ってしまっている自分は、確かにいます。

 

環境問題を「ひとごと」ではなく、もっと身近で切実な「自分ごと」として捉えて行動も変えていくためには、くらしの中にどんな視点を取り入れていけばよいのでしょうか。そのヒントを探るために、自然環境と人間の関係性にまつわる研究や活動に長年取り組んでいる、生態学者の伊勢武史さんにお話を伺いました。

危機感より必要なのは、冷静な情報伝達

私はなんとなく、環境問題を自分ごとにするには、危機感をもっと募らせて「このままじゃ危ないから、今すぐ行動を変えていかなきゃ!」と自分をせき立てることが必要なのだろうと思っていました。けれども、伊勢さんは私のそんな仮説を聞くと、意外にも「私は、環境問題の深刻さをあおるような伝え方が問題でそこに課題があると思っているんですよ」と、穏やかな口調で話し始めました。

伊勢武史さん(以下、伊勢)

例えば温暖化であれば、今後、平均気温が数度上がったとしても、日本にいる多くの人々の生活は、そこまで大きく変わらないでしょう。もちろん、だからと言って「このままでいい」という話ではありませんし、地理的、職業的に甚大な影響を受ける方々は確実にいらっしゃいます。ただ、これから対策ができる猶予があることも含めて、温暖化で文明が滅びたり、人類が滅亡したりすることはないだろう」と、冷静に考えるのが良いかもしれません。

 

こと環境問題においては、正しい事実よりも感情に訴える悲観的な情報がメディアでたびたび取り上げられることに、個人的には違和感があるんです。極端に悪い未来のシナリオを提示して危機感をあおったり、「氷が溶けてシロクマが困っています」といったエピソードで共感を誘ったりするのは、刺さる人には有効かもしれません。しかし、そういう情緒寄りの情報ばかりが出回ると、千葉さんのように「ちょっと自分には関係ないな」と感じる人が増えていくのは、反動として当然だと思うんですよね。

まさに“悲観的”な情報が出てくるのだろうと身構えていた私は、伊勢さんの言葉を聞いて、スッと楽になれたような心持ちになりました。遠い土地、遠い未来のことを身近に思うには、やはり限界があります。そこで伊勢さんに、「環境問題は、日本に住む私たちの身近なくらしにどんな変化をもたらすのでしょうか?」と問い直してみると、「温暖化が進むと、私たちが慣れ親しんできた日本の四季は大きく様変わりするかもしれません」という答えが返ってきました。

伊勢

今世紀中、人類が温暖化対策を頑張ったとしても、2度程度の温度上昇は覚悟しなければなりません。対策がうまくいかないと、3〜4度もの温度上昇もあり得ます。そうなると、「春に桜が咲いて秋に紅葉する」といった、日本に住む私たちが当たり前のように感じている四季の移ろいは、今のような形では見られなくなる可能性が高いです。とれる野菜や魚の種類も大きく変わるので、食生活もかなり変化しそうですね。それをどのくらいおおごとだと思うかは人それぞれですが、これまで数千年かけて培ってきた四季折々と共にある日本の文化は、大きく変容していくかもしれません。

平均気温が上がれば、今までのような季節のバランスが失われる。冷静に考えれば当然のことなのですが、生まれてから今まで当然のように存在し、普遍的な事象のように感じていた「四季」が変容してしまうなんてことは想像もしていませんでした。この事実を伊勢さんからあらためて聞いて、私はこれまで以上に強く「それはイヤだな、なんとかしたいな」と感じました。そんな感想を口にすると、伊勢さんは頷きながら、「環境問題については、事実を正確に知ることが大切なんです」と語ってくれました。     

伊勢

身近なところに目を向けると、人の移動には膨大な環境負荷がかかるんです。例えば、飛行機で東京―アメリカ間を往復すると、それだけでレジ袋約5万枚の製造に相当する化石燃料を消費します。飛行機ほどではないですが、車も多くの燃料を消費する乗り物です。だから、「自然が好き、守りたい!」と思うなら、週末は自然を感じるために車でキャンプに行くより、家でじっとしていたほうが、実は地球にやさしい選択なのかもしれませんね。

    

私は一研究者として、こうした環境にまつわる事実、自分たちの行動の影響の事実を一つひとつ丁寧に伝えていくことが、環境問題の解決につながると思っています。今、千葉さんが私の話を受け止めてくれたように、発信者が誠実に事実を伝えていけば、受け手もそれを冷静に解釈しながら自分ごととして捉えて、行動に反映できるはずです。

意識の高さではなく「楽しさ」で広がるように

伊勢さんは、研究者として環境にまつわる情報を正確に伝え、多くの人に環境問題を自分ごとと認識し、行動してもらうための活動を幅広く手がけています。その一環として立ち上げたプロジェクトがRE:CONNECT」です。

伊勢

RE:CONNECTの目的は名前の通り、自然と人間の関係を“再接続”することです。主に「人工知能、テキストマイニング、ビックデータ」という3つの柱を活動の軸に据えて、最新科学を駆使しながら、離れ離れになってしまった森・里・海と人々のくらしの関係を再構築するためのアプローチを、日々模索しています。

 

RE:CONNECTの核にあるのが、市民の方と協力してプロジェクトを進める「シチズンサイエンス」の概念です。研究者と市民が混ざり合う活動の中で、市民は研究者の視座を得ることで自然をより身近に感じられるようになり、研究者は市民から得られる膨大なデータに基づいて、さらに研究を深めることができます。

RE:CONNECT事業の⼀環としてリリースした「PicSea(ピクシー)」は、⽇常で海とのつながりを感じて、考えて、気軽に動くことができる海洋ゴミ調査アプリ。PicSeaユーザーがスマートフォンで海岸を撮影すると、画像に含まれる海ごみを⼈⼯知能が⾃動識別。そのデータを集積することで、⽇本の浜辺・⽔辺で起きている深刻な環境問題の原因解明し、海洋ゴミ回収や対策に役⽴ていく。(参照:https://play.google.com/store/apps/details?id=com.ryuka.picsea2)

プロジェクトの話を聞きながら、伊勢さんは「市民の方に楽しく活動に参加してもらう」ことをとても大事にしていらっしゃるのだなと感じました。そう伝えると伊勢さんも、「環境保護のために」と義務感で参加してもらうのではなく、「面白そうだからと参加してみたら、実は環境に良いことだった」となるような活動を広げていきたい、と話してくれました。

伊勢

環境問題について、「意識の高い人たち」と「そうでない人たち」の間には少し分断がある気がしているんです。前者が自主的に行動するのはとても良いことですが、そういった人たちの発信が、後者にプレッシャーを与えていたり、「自分たちはそんな真似はできないよ」という諦めを生んでいたりもする。

 

こうした分断を再接続していこうと思うと、やはり環境意識の高低にかかわらず、もっと違った入口からさまざまな属性の人に「自然って楽しい、気になる、もっと知りたい」と思ってもらえるような活動にしていきたいんですよね。一度つながりを見いだせれば、そこからどんどん興味は広がっていくはずだと信じています。

伊勢さんはRE:CONNECTが自然と人、そして人と人のつながりを感じるきっかけになればと願っています。確かに、私自身も今のくらしで自然を身近に感じる機会は少ないです。そんなときにRE:CONNECTのような活動に参加して、自然が身近にある感覚を取り戻せれば、環境問題についても積極的に考えて行動できるようになる気がしました。

半径5mから始める、地球とわたしの再接続

一方で、毎日を忙しく過ごしていると、RE:CONNECTのような課外活動に積極的に参加する時間を作るのは難しいかもしれませんし、そもそも身近にこういった機会がない人のほうが多いと思います。私自身、自分の日常を考えると、こうした活動に継続して参加するのは、正直ハードルが高いと感じました。私たち一人ひとりが、日々のくらしの中で小さく実践できるような、環境問題を自分ごと化していくための有効なアプローチはないのでしょうか?

伊勢

自然や環境と向き合っていくのも、q&dで定義されているように、まさに半径5mの世界がスタートになるような気がします。「自然」というのは、アマゾンの奥地や人里離れた秘境など遠く離れた場所でなければ感じられないものではありません。私たちのように都会で生きていても、辺りを見渡せばたくさんの自然に囲まれて暮らしていることに気づくことができます。

 

日々の気温の変化、一日の中の天気の変化も、豊かな自然の営みの一部です。道端でも足元に目を向けると、雑草が生えていたり苔が生えていたり。同じように見える雑草も、よく目を凝らして見れば、実にさまざまな表情を見せてくれるんですよ。

そう語る伊勢さんに誘われて研究室の外に出てみると、意識して辺りを見回すだけでも、こんなにもたくさんの自然が目に入ってくるのだなと感じました。木々や草花、足元に小さく生えている苔ひとつとっても、よく見ればそれぞれに個性があります。人に踏まれながらも強く生きる雑草、ミクロな星型の葉っぱを付けている愛らしい苔。伊勢さんの話を聞きながら自然に触れると、「楽しい、もっと知りたい」という気持ちがどんどん膨らんでいきました。

伊勢

少し視点を変えるだけでも、私たちのくらしにたくさんの自然があふれていることに気づけます。大事なのは「興味を持って、観察してみること」です。問題に対する義務感からではなく、自然についての純粋な興味や愛着からこそ「地球と私にやさしいくらし」は始まるのではないでしょうか。

目を向け、興味を持ち、事実を知ることから

今回の取材で、伊勢さんにお話を伺って感じたのが、「私と自然の距離が離れてしまったのではなく、私が自然に近づこうとしていなかっただけなのかもしれない」ということです。そして、いつも吸う空気、蛇口をひねると出てくる水、冷蔵庫に入っている野菜……あらゆるものが自然から頂いているものなのだという、当たり前の事実にも立ち返ることができました。

 

ただ、視点が少し変わったからと言って、今すぐ何か行動に移せるかというと、それはまだ難しいなとも感じています。私自身まだまだ知らないことも多く、何から行動すればよいのか正しく理解できていないことがたくさんあります。

 

それでも、自然は身近にあると再確認できたことで、もっと興味を持って“事実”を知ろうという気持ちになれました。冷静に事実を受け止めていけば、自分の行動を変えていける――伊勢さんの話から、そんな実感を得ることができました。

 

自然との向き合い方は人それぞれで、さまざまな考え方があると思います。ただ、もし自然との距離が離れてしまっているなと感じたときは、ぜひ半径5mの自然に目を向けて、見つけた小さな緑、土、風、水に思いを馳せてみてください。そこからあなたと自然を再接続するヒントが、きっと見つけられるはずです。

 

良ければ皆さんも身の回りの自然を見つけてみませんか?

ぜひ#半径5mの自然を付けて共有してください。

Photo by 其田 有輝也 および提供写真

『q&d』編集部が問いと対話をより深めていくq&dラヂオでは、生態学者の伊勢武史(いせ たけし)さんを訪ねた時のことを振り返りながら、どうすれば環境問題をもっと自分ごととして捉えて、環境に配慮した行動ができるようになるのかについて、改めて考えました。

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