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「地球とわたしにやさしい日々の過ごし方」特集に寄せて

Lifestyle for Planetary Good
q&d編集長 橘 匠実
q&d編集長
橘 匠実

奈良県出身。横浜国立大学卒業後、パナソニックへ入社。調達・宣伝業務に携わった後、2017年より同社の北米本社に駐在。2019年より現職。一児の父。TEDxKobe 2015-16 スピーチキュレーター。趣味は料理。

複雑さに向き合い、自分で判断できる「サステナビリティ」を

自然が好き。

環境への負荷を減らして暮らしたい。

次世代のために地球を残したい。

 

私たちは地球に住んでいて、その地球を守るためなのだから、本来であればサステナビリティへの取り組みは自分たちのために行うことだと思います。たとえ、個人にできることの影響は小さかったとしても、環境のために何かしたい。

心からそう願っているつもりではあります。ですが、いざ環境問題に取り組もうとすると、自分の気持ちよりも、世間や社会の顔色を気にしてしまうことが多いように感じます。日々の生活が環境問題につながっているという実感が持ちづらい。そのため、深く考える前に周囲やメディアの声の影響を強く受けてしまう。

こうしたジレンマが生ずる理由のひとつとして考えられるのが、今の環境問題への対応は、他人が決めたNG事項をルールに従って避ける「減点法」となっているからではないかということです。例えば、環境負荷が大きいものは食べてはいけない。フードロスを発生させてはならない。CO2が発生するものを使ってはならない……。たくさんのNGを浴びながら環境問題に向き合うことに、息苦しさを感じてしまうのかもしれません。

 

もちろん、NGとされる項目の一つひとつには根拠が挙げられています。ですが、環境問題は複雑に入り組んでいて、矛盾する情報もあふれています。全てを理解することは難しく、腹落ちしないまま、人の目を気にして環境問題に取り組んでいることに、どこかモヤモヤを感じてしまうのではないかと思いました。

 

この“モヤモヤ”に向き合うにあたり、編集部メンバーはまず自分たちのくらしを振り返り、くらしを取り巻いている社会の「これはダメ」「こうあるべき」というNG事項、その背景で起きている複雑さに向き合ってみることにしました。

今回の特集では、個人の課題意識や“モヤモヤ”から企画を立て、取材を通じて得た視点や気づきを紹介し、「私にとって心地よいくらし」と、その先にある「地球にやさしくあること」の両立への取り組みに挑みます。

長い目線で地球にも人にもやさしい「プラネタリーグッド」

環境問題の複雑な構造を理解するには、自然科学、社会学、生命科学などさまざまな領域で深い学びを得る必要があります。「まず、これらの領域の知識を得た上で、全体の構造を紐解いていくのはあまりに難しい……」と感じていた矢先、「地球にも、人にも良い社会」を作るイノベーター・スクール「LIFE University」を運営するキクチ シンさんに出会いました。

 

LIFE Universityでは、人が環境問題について学びたいと思ったときに、その前提となる知識を提供した上で身近なテーマから環境問題に向き合う授業を提供していると聞き、早速キクチさんに、環境との向き合い方についてのヒントを伺うことにしました。

キクチシンさんプロフィール写真
いきものカンパニー代表取締役
キクチ シン
”プラネタリー・グッド”を提唱し、環境・資源・生命などを深く知り、地球×人間社会を描くラーニング・プログラム『LIFE University』などを手掛ける起業家、ビジネスデザイナー。専門は食料・農畜水産・生物資源分野。慶應義塾大学SFC研究所 上席所員。農林水産省 生物多様性戦略 検討委員など。
橘 匠実(以下、橘)

本日はよろしくお願いします。まず、キクチさんが運営されている「LIFE University」ではどのような活動をされているのかお聞かせください。

キクチ シン(以下、キクチ)

LIFE Universityでは、受講者が関心のある身近なテーマについて、自然科学・生命科学的見地からのインプットを提供しながら、具体的な解決策を一緒にデザインしていく「デザイン・スクール」スタイルの講義を提供しています。これらの学問領域は複雑で、体系的に学ぶには膨大な時間が必要です。そこで、「日々のくらしやビジネスにつながる、身近な環境課題に向き合いたい」という方が、その課題の背景や、解決に生きるサイエンスやテクノロジーなどを多面的に学ぶ機会を得られる取り組みを展開しています。

複雑なテーマを学ぶために、どのような取り組みを展開されているのか気になります。どのように運営されているのでしょうか?

キクチ

月2回のオンライン授業がメインで、現在は「バイオ・エコロジー・スクール」「フード・マテリアル・スクール」を開講しています。また、年明けには「ヒューマンサイエンス・スクール」を開講予定です。

将来的にはここで学んだ人の中から、例えば「プラネタリー・ドクター」や「エコロジー・デザイナー」といったような、今はまだない、地球と人のくらしをデザインする新しい職業が生まれるようになったら良いと思っています。

キクチシンさん

今回の特集は、「プラネタリー・グッド」というカテゴリに位置づけています。この言葉はもともとキクチさんが提唱された概念ですね。それを参考にさせていただきました。これはどのような思いで掲げられたのでしょうか。

キクチ

「プラネタリー・グッド」は「ソーシャル・グッド」に次ぐ、これからの10年を考えるための中心的な価値観になると考えています。「ソーシャル・グッド」は素晴らしいもので、多様性の肯定や不便・不平等の是正などを加速させ、スマートフォンやソーシャルメディアといった新しいコミュニケーション・テクノロジーを基に、経済発展にも大きく貢献してきました。

 

しかし、環境破壊が深刻になり、日常生活にも環境問題に起因する変化が起きつつある今、人間社会ばかりでなく、地球の持続可能性を前提においた経済活動が必要であると考えました。そこで、長い目線で地球にも人にもやさしい分散型の“Good”の必要性を感じて、「プラネタリー・グッド」を生み出しました。

非常に共感します。ですから、q&dでもテーマとして設定したのですが、「プラネタリー・グッド」に向き合ってみると、その複雑さに戸惑いました。特定の環境問題を知るために複数の学問領域を横断して学ぶ必要があったり、事実とされるデータが全く異なる情報を示していたりと、論点整理だけで膨大な時間がかかることに気づきました。

キクチ

環境問題には、複数にわたる学問分野の知識が必要で、課題の背景に潜む複雑さを理解しなければなりませんでした。また、どれだけの時間軸で捉えるか、誰の視点で捉えるかによっても意見は分かれます。そのため、あらゆる側面から見た絶対的な正解を出すことは困難なので、常に自らを疑いながら問いを立て続ける姿勢が大切です。

 

本当は断定が難しいテーマであるにもかかわらず、「これが正解だ」と言い切ってしまえば、社会の分断や心理的なプレッシャーを生む恐れもあります。環境問題の解決には時間がかかるからこそ、感情に働きかけるムーブメントや、無思考な憧れや共感で解決しようとするのは危険です。丁寧に観察を続け、具体的な試行錯誤を積み重ねることが大切なのです。

ついつい正解を求めたくなってしまいますが、そもそも、正解の追求自体が解決から遠のかせてしまう可能性があるんですね。

キクチ

なんらかの行動を強制する絶対正義としての活動をつくらないことも大切です。全ての人が一斉に、自発的に決められたアクションをすることが、環境問題の本質だとも言えますから。そうではなく、一人ひとりが自分なりの課題を設定して、観察や小さな試行錯誤を続けることが大事だと考えています。

一人ひとりが問題の複雑さに向き合うための問いを立てる

お話を伺っていて、自分にも、世間の“良い”とされていることに無思考に従ってしまう意識があるなと感じました。世の中で言及されている問題の中に、キクチさんご自身が違和感を持たれている問題はありますか?

キクチ

いくつかあります。例を挙げてみましょう。例えば、牛のげっぷには多量のメタンガスが含まれているから畜産は悪であるとか、牛肉を食べてはいけないという論調には、「もう一歩踏み込んで考えてもいいのでは?」と感じます。メタンガスを分解する方法と合わせて考えられれば、牛肉をおいしく食べつつ地球環境への負荷を軽くすることはできますよね。実際に、そうした技術の開発も進んでいるのです。

 

レストランなどでのフードロスは、なぜ起こると思いますか? 起こる要因を理解できれば、「余ったものを食べよう」というアプローチではフードロスが解決しないことが分かるはずです。フードロスが起きる原因を深く観察し、解決しようとする姿勢が大事だと思います。

 

最近では、家庭でコンポストを置いて作った堆肥を農家さんに渡すことも資源循環になっていいよね、という流れもありますが、コンポストを使うにもリテラシーが必要です。例えば、コンポストで堆肥を作る際には、生ゴミに食塩や重金属が入っていたり窒素成分や水が多過ぎたりすると、状態によっては堆肥として使えません。家庭で作られたさまざまな状態の堆肥を押し付けられても、農家さんが使えるとは限らないのです。知識を身につけるためにも、科学者や農家さんともきちんと対話しながら学ぶことが大切です。

 

身も蓋もない話ですが、地球環境への負担軽減を第一に考えた食生活をするなら、自炊よりもレトルト食品を食べた方が良いのではないかという主張もあり、それはあながち間違いとも言えません。レトルト食品は、工場やセントラルキッチンで効率的に調理されており、残りかすさえも出さないように努力されているためです。自炊は人によってはロスも多く、個々の家庭に引かれたエネルギーや水をそれぞれが使うので、環境への影響だけで考えると、必ずしも良いとは言えません。

対談風景

お話はどれも意外で、深く学んでみたいと感じました。最後に、「プラネタリー・グッド」の実現を目指し、これから取材や記事作成に取り組む私たち編集部に対して、何か期待などがあれば教えてください。

キクチ

環境に良いくらしを論じる際に時折語られる「丁寧なくらし」という言葉は、自分のくらしを他人にどう見られたいかという意識が含まれているように感じます。エコロジーやサステナビリティへの取り組みは、人目を気にしだすと途端に続けるのがしんどくなります。周りの人が信じ込んでいる「環境に良いこと」が、実は「かえって環境には良くないこと」だったという場合もたくさんあるのです。そうしたものに振り回されず、一人ひとりが「もっと知ろう」「もっと関わろう」という主体性を持てるような問いを立てられるかどうかが大切です。

 

記事作成について言えば、安易な解決策を示そうとすると「〇〇が良いから△△をやりなさい」という構成に陥ってしまいがちです。そうではなく、「こういった見方はどうだろう。ではこれは?」と、視点と問いを立てていく方が興味深い記事になると感じます。読者の方が実際に調べたり行動したりするきっかけになるよう、応援しています。

本日はありがとうございました。

対談風景2

特集に向けて

キクチさんの話を聞いた上で編集部メンバーが話し合い、特集のテーマを

 

「地球とわたしにやさしい日々の過ごし方」

 

に決めました。

 

この言葉には「“わたし”にとっての良いくらしは自分にしか決められない。そしてまた、ちょうどいい地球環境との距離・接点も自分自身で決めたい」「誰かに押し付けられるアクションではなく、自分でアクションを決める」という思いがこもっています。これらの姿勢は、キクチさんがLife Universityでの活動を通じて訴えている内容とリンクしており、今回の特集で軸にしたい価値観であると考えました。

 

これからスタートする特集では、編集員4人が、食や住居などの身の回りにおけるくらしと地球の「プラネタリー・グッド」な関係を模索しました。また、環境問題をとりまく都市と自然の関係性や、環境問題に向き合う人間の行動心理について、専門家とダイアローグ(対話)を行ってそれぞれの思考を深めることに挑みました。本特集では、その葛藤と対話の様子をお楽しみください。

 

感想はTwitterにて以下のハッシュタグで、お待ちしています。

#地球にやさしく自分にやさしく

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