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新しい職場やコミュニティになじめない時のヒント。
プロバスケチームに学ぶ「環境へのなじみ方」

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新しい職場やコミュニティになじめない時のヒント。
プロバスケチームに学ぶ「環境へのなじみ方」

皆さんは転職や引っ越しなどで環境が大きく変わった時に「新しい職場やコミュニティになじむのって難しいな」と感じたことはありませんか? 自分らしさを失わずに、周りと協調できるようになるには、どうしたらよいか……そんな問いを、人材の流動が激しいBリーグの、「大阪エヴェッサ」の皆さんと一緒に考えました。

q&d編集部
近藤 一哉

パナソニックでAI・データに関わるビジネス開発を経験。自身が中途入社した際、新しい環境での相談相手に困った経験から、他部門の人同士が『バーチャル同期』となり、業務の相談ができるコミュニティ・キャリクロを、仲間と創設。メンバーは2,500人を超え、現在は組織の多様性を生かすDEI活動の一環としても認知される。

目次

新しい環境になじむのが難しい……そんな時、スポーツチームがヒントになる?

今、若い社会人を中心に「新しい環境になじむのが難しい」と悩む人が多いと聞きます。周りと価値観が合わない、個性が生かせない、コロナ期入社のせいで同僚との付き合い方がわからない……ここ最近、そんな悩みの声を聞く機会が、たしかに増えてきているように感じます。

 

私も以前、転職で環境を大きく変える経験をしました。若くはありませんでしたが、それでも新しい場になじむ難しさを感じましたし、思えば「新しい環境へのなじみ方」というのは、どこかで教わる機会もなかったなと思ったことを覚えています。この悩みの解決につながるヒントはないものでしょうか。

 

そこでふと思い出したのが、6歳の息子とのやり取りです。彼も私もバスケットボール観戦が好きなのですが、ある日、一緒にネットニュースを見ていると息子がこんなことを言いました。

 

「おとうさん、バスケの人ってたいへんやね。おやすみの間にめっちゃ、なかま変わるもんね」

 

そう、プロバスケットボールのBリーグは、実はオフシーズンの人材流動がとても激しいのです。私が住む街を拠点とする「大阪エヴェッサ」も、公式発表によるとここ数年は毎年、選手とコーチを合わせ約4割が入れ替わっています。これまではそれを当たり前に受け止めていたのですが、息子の一言でふと考えました。たとえば、これがもし私の職場でも毎年起きたとしたら――。

 

“業務連絡:

あなたの部署には30人の社員がいます。
今後はそのうちの4割……12人が、毎年期末に異動することになりました。
年度が替わり、後任者の12人が合流したら、ひと月以内にその部署になじんでもらってください。
もちろん昨年を超える成果を上げていただきたく、何卒、宜しくお願い致します。”

 

半数近くの人数が入れ替われば、価値観のすり合わせだけでも相当な時間がかかりそうです。それをこなしながら、新チームとしての連携も短期間で仕上げるなんて、本当にハードな環境です。しかし、そんな状況下で働く方々であればこそ、何か「新しい環境へのなじみ方」のヒントを持っているのではないでしょうか。

 

そんな思いを胸に、私は大阪エヴェッサの練習場を訪ねました。時期はひと月後に開幕を控えた、オフシーズンの9月。まさに新メンバーが揃ったばかりの「職場」で、新たに加わった当事者の一人であるショーン・ロング選手と、それを迎える側であるゼネラルマネージャー(以下GM)の黒木雄太さん、広報の田中美紗紀さんにお話を聞かせていただきました。

 

新天地に加わる。それは「職場」と「生活」両方が変わること

左から、パナソニック近藤、大阪エヴェッサ黒木さん、ショーン・ロング選手、吉本さん(通訳として参加)、田中さん

アメリカ、中国、オーストラリアなどのさまざまな国でプレーをし、2021年に来日したショーン・ロングさんは、北海道のチームでのプレーを終え、今年からエヴェッサに加わったばかりの選手です。まずはそんな彼に、新天地である大阪での生活について伺っていきます。

ショーン・ロング。母国である米国のNBAを始め、中国・オーストラリア・韓国・日本と多くの国で活躍してきたプロバスケットボール選手。208cmの強靭な肉体を生かしたプレーから、愛称は「ビースト」。2023-24シーズンより大阪エヴェッサに加入。
ショーン・ロングさん(以下、ロング)

北海道より蒸し暑いのは大変だけど、大阪、とても楽しんでいますよ! 住まいの近くに好きなカレー屋さんを見つけたので、よく食べにいっています。辛いのが強そうに見える? 実はそうでもなくて、いつも辛さ控えめで注文していますよ(笑)。

常にフレンドリーなロング選手ですが、これまで世界中のチームを渡り歩きながら、輝かしい成績を残してきた方でもあります。韓国と日本においては、得点王にも輝きました。そんなタフそうに思える彼でも、新しい環境に移る際には不安な気持ちを持つのでしょうか。

ロング

もちろん! だってコーチもチームメイトも、最初は何を考えているのかわからない人たちですから。一人一人の考え方を、ゼロから少しずつ理解していって、やっと自分が期待されていることがわかってくるんです。繰り返し環境を変えた経験があっても、新しいチームになじむまでのプロセスはいつも大変ですし、始まる前は不安です。

ロング選手のような「不安を抱えながらも、新しく入ってくる仲間たち」に、できる限り早くこの環境になじんで、試合でも十分に実力を発揮してもらいたい――チームの責任者であるGMの黒木さんは、そんな思いを持ちつつ、日々の組織づくりに当たっていると言います。

 

では激しい人材流動に対応するために、一体どんな工夫をしているのでしょうか。「ウチも完璧に対応できているとは、まったく思っていません。試行錯誤の連続です」と前置きしつつ、黒木さんは次のように語ってくれました。

黒木 雄太。大阪エヴェッサのゼネラルマネージャー。2013年よりキャリアをスタートし、2023年に32歳の若さで現職に就任。チームの代表として、方針策定・人事計画・雇用契約・総務・経理など様々な領域で実務と責任を担う。このオフはコーチ陣と共に、外国籍選手を3人全員入れ替えるなど大きな組織変革に取り組んだ。
黒木 雄太さん(以下、黒木)

新しいメンバーが早く環境になじむ上で、大きなカギとなるのは「これまでチームに長く関わってきてくれた人」の存在だと思っていて。そういう人を、チームの要所に配置することを意識しています。

 

たとえば、今年からコーチの一人に加わった今野翔太は、もともとエヴェッサで12年プレーしていた選手で、チームの文化を熟知しています。また、同じくコーチのルーベン・ボイキンも、もともとは選手としても日本や海外で活躍した経験を持っています。彼はその経験を生かしながら、特に英語圏から来たメンバーのサポートを積極的にしてくれています。

 

彼らのような「組織の理解度が高く、かつ経験則から選手と同じ目線で話ができる存在」が同じコートにいることのありがたみを、この時期になると強く感じますね。言葉にしきれていない組織の文化や慣習、既存のメンバーたちとの関わり方を、新メンバーに分かりやすく伝えてくれるので、それが「なじみやすい環境」をつくる要因になっている気がします。

働く人が大きく変わるからこそ、その職場が持つ変わらない部分を伝えられる人を、大事にする。そういえば黒木さんご自身も、リーグ最年少GMではあるものの、エヴェッサのスタッフとして11年間勤続してきた“古参”の一人です。そんな部分も、若くしてチーム運営のトップに抜擢された理由の一つだったのかもしれません。

 

「あと、組織内のことと同じくらい、『その土地での生活になじむこと』も大事ですよね」――そう投げかけてくれたのは、黒木さんと共にチーム運営を支えている、広報の田中さんです。

田中 美紗紀。大阪エヴェッサの広報担当。オフィシャルな発信や各種プロモーションに加え、X・Instagram・Tiktok等の様々なチャネルを通じて、ファンとチームをつなぐ新たなコミュニケーションの構築に取り組んでいる。
田中 美紗紀さん(以下、田中)

特に初来日となるメンバーとそのご家族は本当に大変で、行政手続きから日常生活のルールまで、分からないことだらけだと聞きます。入国して間もない頃は車もないので、移動だって簡単ではありません。

 

またよく驚かれるのですが、選手やコーチたちは皆、個人事業主でもあります。だから確定申告といった、納税の仕組みについても理解する必要があるんです!こうした生活の困りごとに対しても、通訳の吉本さんを始め、英語の話せるスタッフを中心に、日常的に相談に乗れる関係をつくっています。

新しい環境に早くなじんで、のびのびと仕事をしてもらいたい。そう思うと、ついつい「職場内のこと」に目がいきがちです。けれども、そもそもの基盤である「日常生活」が落ち着いていないと、仕事にもなかなか集中できないよな……田中さんのお話を聞きながら、あらためてそう感じました。

田中

仕事の話をしていると、生活のことって頭から切り離しがちになっちゃいますよね。でも、生活を安定させないと、きっと仕事でも十分な力を発揮できないはずです。職場も住んでいる場所も含めて「ホーム」だと感じてもらえるよう、できる限りみんなでサポートをしています。

別世界の住人に見えるスポーツチームの選手やコーチでも、新たなチームという「職場」での姿の裏で、知らない街・慣れない住所に戸惑い、早く安定した「日常生活」を送り始めたいと思っている。

 

だからこそ私たちも、新しいメンバーを迎える際には「職場」と「日常生活」、その両方の面でどんな変化が起きているかを感じて、「もしかして困ってる?」といった声をかけてあげることが大事なのかもしれません。

 

逆に飛び込む側になった時には、些細なことでも「ちょっとこんな事で困ってるんですよね」と自分から開示すると、距離を感じていた先輩たちが「あっ、それ昔自分も経験したやつやわ」と、力を貸してくれることが増えるかもしれない……そんなふうに思いました。

「よくしゃべる職場」の価値、会話が紡ぐ安心感

今回エヴェッサの練習場に伺って、一番驚いたのが「とにかく会話が多い!」ということでした。強度の高い練習の中でも、選手同士や時にコーチも交え、ある瞬間は真剣に、ある瞬間は楽しげに、常にたくさんの会話が交わされていました。

 

会社組織と対比させて考えてみると、仕事中でもちょっとした休憩時間でも、常に会話があるようなイメージでしょうか。何らかの目的を持ったコミュニケーションと、そうではない世間話を絶え間なく行ったり来たりしているような雰囲気を感じました。

そんな印象をお伝えすると、「会話が多い」という実感はスタッフの皆さんにもあるようでした。

田中

実は、移籍してきた選手たちもインタビューで「本当によくしゃべるチームだ」と言っていたりします。大阪らしくていいなぁと、私も思っています(笑)。

黒木

ヘッドコーチらマネジメント側のスタッフも、なるべく選手やコーチ一人ひとりと直接話すようにしていますね。今のチームの状況において、あなたに期待していることは何なのか……というのがしっかり伝えられていないと「自分は何をするべきか、このままでいいのだろうか?」と不安に感じると思うんです。

 

ただ、普段から「よし、こういう声かけをしよう」と目的を持って話しかけるわけではなくて。いつもは誰かを見かけたらその度にひと声かけて、その時ふっと浮かんだ他愛のない話をする、くらいの感じですね。

お話を伺っていて、ふとこの「よくしゃべる雰囲気づくり」が、先ほど聞いた「職場だけでなく、くらしになじめているかも大事」というポイントとも、何か関係があるかもしれないと感じました。そして、次のおふたりの発言で、それらがはっきりと線でつながったのです。

田中

私も、仕事に関係なくしゃべりかけることが大事だと思っています。というのも広報は、選手が練習や試合に集中したい時でも「ちょっとメディアの対応を……」などとお願いしなくちゃいけない立場だったりするんですね。

 

それってある程度、普段からの関係性があって、はじめて気持ちよく協力してもらえるものだと思っていて。新加入のメンバーに対してはなおさらで、まずは私のことを覚えてもらわないといけないですしね(笑)。

黒木

「会話が多い」環境であることは、新しく入ってきた人にとってもいい影響が大きい気がします。普段から何でもない話をしているからこそ、仕事に関係のあることも、日常生活のことも、軽く口に出せるのかもしれません。

相談をしやすい空気を生み出す、普段からの何気ない会話。それは昨今のリモートでの業務が増えてきている多くの環境下で、減ってきているものだと思います。

 

スポーツチームの業務ともいえる練習はオフラインなので、雑談はもともと発生しやすい環境とも言えます。しかしそれ以上に、エヴェッサの皆さんは「軽い会話は多いほうが、お互いにとって、なじみやすくなる」ことを感じて、無意識に実践されてきたのではないでしょうか。そしてそれが、人が激しく入れ替わっても一つになれるチームの基盤づくりにつながっているように感じました。

なじみやすさのカギにもなる、「Coachable(コーチャブル)」とは?

ここまでの対話から「新しい環境になじむためのポイント」が、いくつか見えてきたように思います。職場だけでなく生活にも目を向けたり、普段からよくしゃべる環境であることで、なじむ上での課題が共有されやすかったり……そんな要素を大切にしている大阪エヴェッサは、新しく来た人にとって、きっとなじみやすい職場なのだろうと感じられます。

 

一方で、受け入れる職場側の配慮にかかわらず、新しく飛び込む当事者自身が「なじむためにできること」は、どんなことがあるのでしょうか。この問いについて、最後にロング選手がとても印象的な話をしてくれました。

ロング

コーチは私たち選手に常々「コミュニケーションしながらプレーをすることを大事に」と言っています。それは、単純に言葉だけを指していなくて。身振りや手振り、ボディーランゲージで自分の存在を意識してもらうということも、重要なコミュニケーションなんですよね。

 

言葉は伝わりにくくとも、ほかの手段も駆使して、何とか伝えようと試みること。そして、その上で練習に一生懸命取り組むこと。そうすると、周りの人たちは「新しく来た彼はCoachable(コーチャブル)だね」と感じて、チームの一員として認めてくれると思っています。

Coachable、それは私にとって耳慣れない言葉でした。通訳の方にも確認してみると「その人がコーチから見て、指導可能な存在であること」という意味で、「正直さや謙虚さ、やり抜く意志や学ぶ姿勢を持つ“Coachableな人”であればこそ、コーチは正しく指導できる」といったニュアンスだそうです。

Coachableであろうとすること――それはつまり「積極的にここになじみたい、仲間になりたい」という意思の表明でもあるのかな、と感じました。その姿勢をまず先に自分から見せていくことで、周りとのコミュニケーションが生まれやすくなって、いち早く環境に適応できる。世界中のチームを渡り歩いてきたロング選手の「なじみ方」の知恵は、私たちでも役立てられそうです。

ロング

キャリアの中でNBAも経験しましたが、どんな環境であろうとも、大事なことはあまり変わらないです。加入したら、まずはCoachableなマインドで、一生懸命やる! 若い時や新しくチームに入った時にはなおさら、それを強く意識できるといいのだと思います。

新しい環境に、自分らしさを保ちながら、なじむ

インタビューを振り返ると、あらためて多くの学びをもらえたことに気付きます。「その職場を長く知る人の働き」や「会話が多い場づくり」は、人を迎える側にとって不可欠な眼差しであり、自分の職場でも意識していきたいです。

 

そしてロング選手のお話からは、新しい環境に加わる人のための心強いヒントをいただきました。彼は、新しい環境に移る際に「Coachable(コーチャブル)な人間だと思われたい」と考えて行動してきたと言いました。それは、環境への「なじみやすさを自らつくっていく」という、とても大切な姿勢だと受け止めました。

 

では、私たちがこれから新しい環境に移る時、また「今の環境になじめてないな」と感じた時、どうすればよいのでしょうか? これに、特効薬のようなハウツーはないと思います。しかしロング選手のように「自分がここで、どんな人間だと思ってもらいたいのか」を考えることが、自分らしさを保ちながら、状況をポジティブに変えるのに役立つのではないでしょうか。

 

ロング選手にとっては、それが「Coachableだと思ってもらいたい」であった。じゃあ、自分は、どんな人間だと思われたいだろう――そこで心に浮かんだ小さな声を拾っていくと、自分が自分らしくその環境になじんでいくために、やってみることや、やめてみることが、見えてくる気がします。

 

それであれば、身長2mを超えるバスケットマンでなくたって、私たちにだって、実践できそうです。

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『q&d』編集部が問いと対話をより深めていくq&dラヂオでは、特集「わたしとあなたの境界線」から、プロバスケットボールBリーグ「大阪エヴェッサ」のみなさんを訪ねたときのことを振り返りながら、自分らしさを失わずに、周りと協調する方法について、改めて考えました。

photo by 田中 愛実

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