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「無意識の境界」を自覚したい。
「関係ない」と線引きしていた他者と出会い直すには?

Unique and Inclusive

「無意識の境界」を自覚したい。
「関係ない」と線引きしていた他者と出会い直すには?

私たちは無意識のうちに、たくさんの人や物事に対して「自分に関係があるか、ないか」と線を引いています。どうすればその境界線を自覚して、思いやりの射程を広げられるのでしょうか。視覚障がい者のガイドと共に暗闇でのコミュニケーションを楽しむエンターテイメントを提供するダイアログ・イン・ザ・ダークの代表、志村季世恵さんと一緒に考えます。

バースセラピスト
志村 季世恵

一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事。心にトラブルを抱える人、子どもや育児に苦しみを抱える女性をカウンセリング。クライアントの数は延べ4万人を超える。1999年からはダイアログ・イン・ザ・ダークの活動に携わり、発案者アンドレアス・ハイネッケ博士から暗闇の中のコンテンツを世界で唯一作ることを任せられている。活動を通し、多様性への理解と現代社会に対話の必要性を伝えている。​​著書に『いのちのバトン』(講談社文庫、2009年)『さよならの先』(講談社文庫、2013年)など。

q&d編集部インターン生の永田さん
q&d編集部インターン生
永田 実夢瑠

関西大学社会学部社会学科メディア専攻に在学中。大学では、主にソーシャルメディアやマスメディア、社会学や心理学を学んでおり、ゼミではプレイフルシンキングやワークショップ活動をしている。趣味は読書とドラマ鑑賞。

目次

「自分には関係ない」という思い込みにどう気づく?

私は、古今東西のさまざまな知識や物語にアクセスできる「本」が好きなのですが、最近初めてオーディオブックに触れる機会がありました。そこで私は「障がいなどの影響で、市販されている多くの本を目で読めない、あるいは読みづらくて困っている人たちがいること」「そのことに意識が向かずに、“本は誰でも簡単に読める”と思い込んでいたこと」に気がつきました。

 

もし身近に「本が読めない、読みづらくて困っている友人」がいたら、そんな思い込みを抱かなかったはずです。つまり私は、知らず知らずのうちに自分の中で、関係のない人や必要のないことを無意識に選別し、境界を引いていたのだと思います。

 

そして今まで、その境界の外にある人や物事を、存在しないもののように振る舞ってしまっていたのかもしれません。それはとても怖いことだし、なんとか気づいて変わっていきたいと感じています。

 

どうしたら自分が無意識に引いてしまっている境界線を自覚し、その向こう側にいる他者への想像力を養うことができるのか――そんな疑問を胸に、視覚障がい者の案内により、完全に光を遮断した“純度100%の暗闇”の中で、視覚以外のさまざまな感覚やコミュニケーションを楽しむソーシャル・エンターテイメントを提供する、一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事の志村季世恵さんを訪ねました。

「真っ暗闇の空間」で人が変わり、感動するワケ

永田 実夢瑠(以下、永田)

志村さんはダイアログ・イン・ザ・ダーク(以下、DIDと表記)の活動で、真っ暗闇の中で視覚以外の感覚やコミュニケーションを楽しむコンテンツ作りをされていますよね。それはまさに「目の見える人/見えない人」「障がいのない人/ある人」の境界を溶かすような体験だと、私は感じました。

 

今日はそんな志村さんに、「他人との境界」をテーマにいろいろとお話を伺いたいと思って来ました。どうぞよろしくお願いします!

志村 季世恵さん(以下、志村)

こちらこそよろしくお願いしますね。永田さんとの対話ができることを楽しみにしていました。

永田

そう言っていただけて嬉しいです!志村さんはDIDの取り組みの中で、体験した方と周囲の世界との関わりに、変化が生じるのを感じた瞬間はありますか?

志村

たくさんの人たちが変化を感じてくださいましたが、中でもとても印象的だった学生のお客さまがいます。その方は初めての参加で、体験後に泣きながら出てきたんです。聞いてみると「感動して泣いています」と返ってきました。

 

その学生さんは普段、外で知らない人とぶつかった時に、相手に嫌な態度を取ってしまうことが多かったそうです。けれども、DIDでは同じようにぶつかった時に「人がいてよかったと思ったし、やさしい気持ちになれた」と言ってくれて。

永田

それはどうしてでしょうか?

志村

暗闇の中でぶつかった時には、皆さん「ごめんね、大丈夫だった?」と声をかけてくれたし、自分も不思議とそういう声を積極的にかけるようになっていたそうです。環境が変わるとこんなにも優しくなれて、助け合えるようになるんだと。そのことに驚いたし、今まで周りに嫌な態度を取ってしまったことを反省したと話してくれました。

永田

日常と大きく異なる環境下に置かれると、自分の普段の「当たりまえ」が通用しなくなる。だからこそ、行動にも変化が起こるし、それを実感しやすいのですね。

志村

そうなんです。私たちはDIDを通して「目が見える人も見えない人も、障がいがあってもなくても、状況によって、強い/弱いが変わるんだ」ということを、皆さんに知ってほしいと願っています。環境が変われば立場も変わり、その時々で、どちら側に助けが必要なのかも変わる。DIDの空間のように真っ暗な環境では、目の見える私たちは弱い立場になりますからね。

 

どんな時もどんな環境下でも、お互い様の精神で助け合えばいい。そういうことを多くの方に実感してもらいたくて、DIDのような場を提供し続けているんです。

「関係ない人」なんていない、だから境界も存在しない

永田

先程はDIDの体験によって周囲との関わり方が変化するというお話を伺いました。そのような変化が起こると、「見える/見えない」「強い/弱い」といった、自分が引いてしまっている境界の外への想像力が、より広がっていくように感じました。

 

一方で、こうしたDIDのような特別な経験をしないと、そもそも境界線を引いてしまっていること自体にも気づけない人も多いのではないかと思います。私はこうした「無意識の境界」をなんとか気づいて、なくしていきたいです。志村さんは、境界線を引いてしまうことについて、どう感じますか?

志村季世恵さん
志村

境界を引くというのは「私にとって関係ある人/関係ない人」を区別する行為ですよね。それで言うと、私はそもそも「関係がない人」なんていないと思っているんですよ。だからまずは、「関係がない」という言葉の意味の捉え方から変えてみるといいんじゃないでしょうか。

永田

それは、どういうことでしょうか?

志村

例えば電車に乗った時に、同じ車両に乗り合わせた人たちは、自分と関係があると思いますか?

永田

うーん……みんな知らない人だし、関係ないと思っている気がします。

志村

普通はそう思いますよね。でも、そんなことないんじゃないか、って私は思っていて。

 

私、電車の中ではとくにいろんな失敗をするんですよ、いい大人なのに(笑)。ものを落としちゃったりとか、網棚に荷物を載せようと思って、でも自分の背が小さくて載せられなくて、落としちゃったりとか。その度に、周りの人に謝るんですけど、そうすると必ず誰かが助けてくれるんです。

 

満員電車に乗ろうとして、本当に隙間が1ミリも空いていないことがありますよね。そんな時に私は、「おはようございます」って言って、「私も仲間に入れてもらってもいいですか」ってお願いするんです。そうすると、皆さんが1センチずつぐらい避けて乗せてくれます。それで、私が「ありがとうございます」ってお礼を言うと、1ヶ月に何回か「いや、同じ仲間ですから」って言ってくれる人がいるんです。

志村季世恵さん
永田

電車であいさつしたり、話しかけたりって、ほとんどしたことがない気がします。でも、志村さんの話を聞いて「電車に乗っている人たちは他人だから関係ない、話しかけない」ということが、いつの間にか当たり前になってしまっていたと気づきました。

志村

そうなんです。何かのきっかけで声をかけたり、少し場所を譲ってくれたり。そういうやり取りを思い浮かべてみると、電車に乗り合わせていた人たちは「同じ空間を共有している」という意味で、初めから関係ない人じゃなかったんですよ。

 

そのようにして、「知っている人と知らない人、関係ある人とない人を分けない」という感覚を持つことを、私は大切にしています。あらゆる人たちは、いま自分がいる空間や社会を一緒に形づくっている仲間であり、すでに関係し合っている。そう考えると、無意識の境界がなくなっていくんじゃないでしょうか。

「リアル」な行動に結びつけることこそが、「想像」の醍醐味

永田

私は、自分が引いてしまっている無意識の境界に気づくためには、さまざまな立場の人たちがいることを常に意識する「想像力」が重要なポイントになるのではないかと感じているのですが、志村さんはどう思われますか?

志村

相手を想像することは、大事な思いやりのひとつですね。それは他者を理解するための第一歩だと思います。一方で、想像というのは意外と覆されることもいっぱいありますよね。永田さんもこれまでを思い返してみて、「想像と実際が結構違った」という経験はありませんか?

永田

はい、あります。

志村季世恵さん
志村

想像って、自分の癖が出やすいんです。誰に何を言われたわけでもないのに「きっと私が悪いんだ」と自責したり、「あの人は私を嫌っているのかも」と勝手に塞ぎ込んでしまったり……。だからこそ、自分の中の想像に縛られないように意識しながら、バランスを取れるとよいですね。

永田

なるほど。そのためには、自分の中の考えや想像の中だけに縛られるのではなくて、相手に思いを馳せながら、なるべく相手に近い気持ちになって行動することが必要だと?

志村

そうですね。自分の想像だけで判断せず、直接相手の意思を確認することが大切だと思っています。家族のように長く一緒にいる人でも、話さないと分からないことって、たくさんありますからね。想像したことをリアルに結びつけるために行動していくことが、想像の醍醐味だと考えているんです。

永田

相手に思いを馳せつつ、実際に「私はこういう風に思ったんだけど、どうかな?」と直接聞いてみることが大切なのですね。想像が独りよがりにならないよう、意識していきたいです。

境界を超えて関係を紡ぎ直すカギは「ご機嫌をばらまく」こと

永田

ここまでのお話で、私が感じている無意識の境界は「そもそも関係のない人などいないと考えること」「想像するだけでなく、行動すること」で、少しずつなくしていけそうだと感じられてきました。

志村

「想像と行動」に近い文脈で言うと、「出会うこと、見つけること」も大事にできるとよさそうです。例えば、DIDを体験した方々はよく「あれ以降、街で白杖を持つ人たちのことが目につくようになった」と話してくれるんです。それは、「見落としていた人たちのことを見つける力がついた」と言えるかと思います。

 

視野を広げ、知らない誰かと少しでも積極的に関係を持つ、つまり「出会う」ことで、見える世界が変わっていきます。だから、永田さんには自分と異なる人々とたくさん出会ってほしいです。上下関係や「マイノリティ/マジョリティ」の関係ではなくて、お友だちのように平らな状態で。

永田

「出会った分だけ世界が広がる」ということですね。私もより多くの人と出会って、その人たちのことを知っていきたいと思います。

DIDの入り口付近の壁にはこれまで体験された方々のお写真が貼られています。
DIDの入り口付近の壁にはこれまで体験された方々のお写真が貼られています。
志村

世界を広げていく過程で、日頃よく接するけれどもあまり関係を持たなかった人たちにも目を向け、話しかけていけるといいですね。そうすることで、半径5mのくらしの中で、自分とは「関係ない」と感じていた人たちと、再び「出会い直し」ができます。それをぜひ、楽しみながらやってみてほしいです。

永田

今まで無意識に「私には関係がない」と線を引いてしまっていた人たちと出会い直すために、明日からすぐに実践できそうなことって、何かあるでしょうか?

志村

「ご機嫌をばらまくこと」が大事だと思っています。自分の家から出勤する時に、私は全然知らない人にも「おはようございます」って言うようにしているんです。そうすると、朝は皆さん100%「おはようございます」って返してくれるんですよ。

 

だから、まずは身近な人に「おはよう」「おやすみ」「いってらっしゃい」と機嫌よくあいさつをしてみることが、出会い直しの最初のステップだと思います。自分からご機嫌な場をつくって、発信していくこと。それを続けていけば、きっと周りの人たちが応えてくれるようになって、素敵な関係が育っていくはずです。

志村季世恵さん
永田

まずは機嫌よくあいさつから。それなら私にもすぐに実践できそうです!

志村

何人か返事がなくても、めげずに続けてみてください。応えてくれる人は必ず現れます。

 

自分の中で「大丈夫!」って思えるようにするためにも、自分から積極的に人と関わっていくことの成功体験が必要です。DIDでは、そういった「見知らぬ他者との交流の成功体験をつくること」も、意識していたりするんです。

永田

なるほど。DIDは真っ暗闇で視覚に頼れないからこそ、必ずコミュニケーションが生まれる。たくさん声をかけ合うからこそ、自分から話しかけても「大丈夫だ!」と思えるようになるのですね。

 

「自分からあいさつをする」という小さなアクションが、無意識の境界を飛び越え、思いやれる人の範囲を広げるきっかけになるならば、私も積極的にチャレンジしてみたいと思いました。まずは身近にいる人から、声をかけ始めていきたいです。本日は素敵な対話をありがとうございました!

「関係ない」と線引きしていた人たちと出会い直すために、私からあいさつを

自分の中で知らず知らずのうちにつくっていると思っていた、他者との境界。その線を引くことで、私はこれまで「関係のある人、ない人」を区別していたように思います。しかし、志村さんのお話を聞いて、「そもそも関係のない人なんていない」「あらゆる人々が関わり合いながら、みんなでこの世界をつくっているんだ」ということを、あらためて理解しました。

 

また、志村さんの「まずはあいさつから」というメッセージも、素朴ながら心に響きました。私も子どもの頃には、登下校の途中で近所の方々によくあいさつをしていたのですが、互いに気にかけているような、勝手に仲良くなった気分になって、すごく気持ちがよかったことを思い出しました。

 

最近は年齢を重ねるにつれて、人と人との距離が遠くなっているように感じることが多く、そのことに寂しさを覚えていました。けれども、志村さんのお話を伺って、それは自分から発信していないから、私が勝手に線を引いて関わりを持とうとしなかったからなのだと気づきました。そんな自分を、できるところから変えていきたい――まずは明日から、いま住んでいる場所の近所の方々に、自分から「おはようございます」と、元気よくあいさつしてみることから始めていきたいです。

施設内に飾られていたはDIDに参加された方々の感想
施設内に飾られていたはDIDに参加された方々の感想
メンターの編集後記(q&d編集部・松島茜)

オーディオブックをきっかけに、知らない物事に触れてみることの価値と、自分とは異なる他者の存在に気づくことができたという永田さん。その体験の感動から「なぜ知らない人や物事に対して境界線を引いてしまうんだろう?」という、誰もが共感しうる普遍的な問いを見つけ出しました。

 

インタビュー中に、志村さんから「電車の中で、同じ車両に乗っている他人に思いを馳せることはありますか?」と問いかけられ、私はハッとしました。「自分と異なる人と積極的に関わり、理解する」というのは、社会にとって大切なことだと分かりつつも、多くの人が無意識に避けてしまう行動だと思います。

 

永田さんも取材をしながら周囲との関わり方を振り返り、「自分から働きかけないと、関係性は変わっていかない」という気づきを得ていたことが印象的でした。「一人で生きている」と信じ込んでいても、私たちは間違いなく、名前も知らない多くの人たちに支えられながら生きている。私もその事実を改めて思い知り、思わず胸が熱くなるインタビューでした。

皆さんの心の中には、どんな「無意識の境界線」があると思いますか? 記事を読んでハッとしたこと、思い当たるエピソードなどあったら、ぜひ「#わたしとあなたの境界線」をつけて、シェアしてみてください。

『q&d』編集部が問いと対話をより深めていくq&dラヂオでは、ダイアログ・イン・ザ・ダークの代表、志村季世恵さんとのお話しを振り返りながら、どうすれば無意識の境界線を自覚し思いやりの射程を広げられるのかについて、改めて考えました。

Photo by 加藤 甫

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